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 シャイな幸の独り言
映画「ローマの休日」で有名なスペイン広場

イタリアと言えば
  2003年04月24日木曜日
 映画でイタリアと言えば、『 ローマの休日 (1953) ROMAN HOLIDAY 』の首都ローマ Roma を思い浮かべる方が多いでしょうが、私にとってはやっぱりフィレンツェです。私がこの街に憧れるようになったのは、レヴューでも書きましたが、中学2年生のときにヴィデオで観た『 眺めのいい部屋 (1986) A ROOM WITH A VIEW 』が原因です。ドゥオーモやサンタ・クローチェ教会、ウッフィッツィ美術館といった眩いばかりの建造物や、丘陵地帯であるトスカーナ地方の美しい風景、その上に描かれるロマンチックなストーリーに思春期の私は痛く感動したのでした。
 私もいつかルーシーのように赤い屋根のドゥオーモが見える眺めのいい部屋に滞在してみたいとずっ〜と思っていました。そして “ルーシーのように”とはいきませんでしたが、ついに念願かなってフィレンツェの町に行って参りました。キャッホー!!
 お空も真っ青!お天気も気分もサイコー!

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ドゥオーモ Duomo:Santa Maria del Fiore
ドゥオーモ Duomo Santa Maria del Fiore

シニョリーア広場 Piazza della Signoria
シニョリーア広場 Piazza della Signoria

ウッフィッツィ美術館 Galleria degli Uffizi
ウッフィッツィ美術館 Galleria degli Uffizi

国立中央図書館 Biblioteca Nazionale Centrale 前での幸です。
国立中央図書館 Biblioteca Nazionale Centrale

ミケランジェロ広場 Piazzale Michelangelo
ミケランジェロ広場 Piazzale Michelangelo

 幸の観た、イタリアを舞台にした映画やイタリアの街が出てくる映画を思い出してみます。『 ローマの休日(1953)ROMAN HOLIDAY 』 、『 ラ・マスケラ(1988)LA MASCHERA 』 、『 ロミオ&ジュリエット(1996)ROMEO + JULIET 』、『 リプリー(1999)THE TALENTED MR. RIPLEY 』、『 ベティ・サイズモア(2000)NURSE BETTY 』 、『 星降る夜のリストランテ(2000)LA CENA 』、『 息子の部屋(2001)LA STANZA DEL FIGLIO/THE SON'S ROOM 』です。そしてトスカーナ地方は、『 魅せられて(1996)STEALING BEAUTY 』、『 踊れトスカーナ!(1996)IL CICLONE 』、『 イングリッシュ・ペイシェント(1996)THE ENGLISH PATIENT 』 、『 ライフ・イズ・ビューティフル (1998) LA VITA E BELLA / LIFE IS BEAUTIFUL 』、『 真夏の夜の夢(1999)WILLIAM SHAKESPEARE'S A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM 』くらいでしょうか。トスカーナ地方の中心、フィレンツェでは『 眺めのいい部屋(1986)A ROOM WITH A VIEW 』、『 ハンニバル(2001)HANNIBAL 』がとても印象的です。

 1965 年に京都と姉妹都市関係を結んだ、人口およそ 45 万人のこの美しい都市フィレンツェには、鴨川の雰囲気を持つアルノ川が流れ、街の佇まいも古式ゆかしく、まさにイタリアの京都といった感じです。イタリア・ルネサンス期にメディチ家が繁栄を築いたこの街の建造物は本当に豪華絢爛で素晴らしく、“パッツィ家の呪い〔※〕”で倒れてしまうのではないかと心配しました。まさか本当に見ることができるとは思ってもみなかった花の聖母大聖堂(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)と呼ばれるドゥオーモを目の当たりにして、生きていてよかったと思ってしまいました。映画の中でミス・ラビッシュがシャーロットに言った様に、街の匂いを吸い込んでみましたが、息を詰まらせたシャーロットとは違い、私の場合は焼き栗のいい匂いがしました。

 ローマに次ぐと言われるフィレンツェは、イタリア屈指の観光地であるトスカーナToscana地方の州都です。

 トスカーナ州は、面積22,992ku、人口約352万人、行政区 10県ですが、キャンティ(Chianti)などの有名ワイン(vino)の数々やオリーブ(oliva)などで日本人には馴染みがあります。詳しく調べていくと、そのほか手刺繍、レース製品、服飾生地やカーテン生地、陶器や磁器、素焼き、テラコッタ、金・銀細工、石細工、人造宝石、ガラス製品、革製品、ファッションアクセサリー、家具小物、古美術品、カーペット、水晶、石鹸など。農産物や郷土料理、服飾から金銀細工、革製品にいたる幅広いファッション製品、家具から美術品に至るまで、さすがイタリア物と思える個性的製品が沢山あります。

 また、ルネッサンス縁の地には古くから現在に至るまで多くの貴族や富豪、文化人、政治家達が保養地としてトスカーナの丘陵を選んでいるらしく、より一層文化と歴史が刻み込まれているのでしょう。

          

     = all photos taken by Sati =
 イタリアと言えば、食いしん坊の幸には、パスタpasta、ピザpizza、リゾットrizotto、ジェラートgelato、チーズformaggio、それに、酒類は殆ど飲めませんがワインvinoが頭に浮かびます。ここでは食べ物の話は別の機会として、イタリアの国について少し学んだ事を書きます。イタリアの正式名は、イタリア共和国 Italian Republicで、「Italy/ITA」と表します。< Tutte le strade portano a Roma. 全ての道はローマに通じる>のように、ローマ時代以来、西洋文明の源でもあります。1861年、サルディニア王家出身のヴィットリオ・エマヌエレ2世を王とするイタリア王国が成立し、1870年近代統一国家を形成して都市国家が一つになりました。英仏に遅れて資本主義国となったイタリアは、1922年以後、ベニト・ムッソリーニを首領とするファシスト党が独裁政治を行い、1936年エチオピアを併合して以来帝国主義を進め、ドイツ・日本と三国同盟を結んで第二次大戦に参加するも敗退。敗戦後共和制として現在に至っています。首都はローマ。宗教は主にカトリック教。通貨はリラからユーロへ移行しましたが、通貨移行切り上げ便乗インフレです。ガイドさん曰く、人口は5,700万人プラスアルファで、プラスアルファ分は移民やジプシーなど流動的で、数値のつかめない人々の数らしい。南北問題が深刻で南の失業率は26%で、北の4%で何とか辻褄を合わせているらしい。イタリア人の平均所得は日本人の半分位なのに、物価は、日本と変わらないほど高く生活は「食ってチョン」。それでも夏のバカンスには貧富に関係なく1〜3ヶ月は休暇をとって楽しむらしい。これこそ人生を謳歌するラテン民族気性なのだそうです。

 イタリアと言えば、観光旅行で人気のある都市は、ローマRomaフィレンツェFirenze、ナポリNapoli、ポンペイPompeii、ベネチアVenezia、ミラノMilanoベローナVeronaピサPisa、シエナSiena、アッシジAssisi などだそうです。トリノTorinoは入っていないのは観光地として適さないのでしょうか。リピーターの多いイタリア観光の最近の傾向としては、大都市はもちろんのこと中小芸術都市への観光が増えているようです。
 元々イタリアは、統一国家になる前は、それぞれの都市が独立国家であったわけですから、どの都市でもスケールの違いこそあれ、大都市に勝るとも劣らない歴史、遺跡、美術、ショッピングや娯楽が盛り沢山あることでしょう。旅行会社のリピーターへの企画も様々で、アグリツーリズモ・温泉観光・グルメ観光・語学研修ホームステイなどが見受けられます。まだまだ一般的ではないのでしょうが、湖水地方へのエクスカーションや、北イタリアでのスキー、南イタリアのリゾート観光など。幸もイタリア語をしっかりマスターして鉄道の旅などゆっくり自分のペースで滞在型イタリア旅行を3年ほどしてみたいと思うのは贅沢でしょうね。こんな考えは「ラテン人」どころではなく、「なに言うてんねん」と言われて「コテンパン」でしょうか?

 あっ、そうそう、書き忘れるところでした。
 イタリア・フィレンツェの話に戻ると、今フィレンツェで忘れてはならないのは、京都と同じように職人の町、フィレンツェ出身の作家カルロ・コッローディ Carlo Collodi が書いたのがピノッキオの物語です。子供のために新聞に連載したのが大当たりしたそうで、イタリアのガイドさん曰く、イタリア人は聖書に次ぐ世界のベストセラーがこの「ピノッキオの冒険」だと信じているらしいです。ロベルト・ベニーニ Roberto Benigni の映画『 ピノッキオ (2002) PINOCCHIO 』の影響なのでしょうか、それともお膝元だからでしょうか、幸が行ったイタリアのどの町でもピノッキオのお土産品が売られていました。因みに私はシニョリーア広場でピノッキオのレターセットを買いました。ミラノのデパート、ラ・リナシェンテ la Rinascente の玩具売り場には、ロベルト・ベニーニのピノッキオ顔の写真が箱にデカデカと印刷されたゲームが販売されていました。なんで 50 歳くらいのオジサンがピノッキオなんだろうという疑問がふと頭を過ぎりました。早く映画を観てその疑問を解いてみたく思っています。

〔※〕 1478 年 4 月 26 日、ドゥオーモで当時のフィレンツェの支配者であったロレンツォ・デ・メディチの暗殺事件がおこった。ロレンツォは助かったが、弟のジュリアーノが殺されてしまった。ロレンツォは事件の首謀者の一員であるパッツィ家の人々を残虐な殺し方で処刑する。(『 ハンニバル (2001) HANNIBAL 』でジャンカルロ・ジャンニーニ Giancarlo Giannini が演じたリナルド・パッツィ刑事は、そのパッツィ家の子孫という繋がりであんな風になってしまった。)
 まだはっきりとした原因はわかっていないそうなのだが、フィレンツェには見上げて見なければならない美しい装飾や美術品が街に溢れかえっているため、首の血管を圧迫した姿勢をし続けてしまい、観光客が眩暈(めまい)を覚えて倒れてしまうことがあるらしい。酷い時は死に到る事もあるそうで、科学的にその症状を分析できない昔の人々は、それを“パッツィ家の呪い”といったそうなのだ。また、 1817 年にフランスの文豪スタンダールもフィレンツェで眩暈に襲われ失神したことから、“スタンダール・シンドローム”とも言うみたい。(因みに『 スタンダール・シンドローム (1996) THE STENDHAL SYNDROME 』というサイコ・スリラーのイタリア映画がある。)『眺めのいい部屋』でもルーシーがシニョリーア広場で眩暈を覚えて倒れ、ジョージに助けられるシーンがある。

 幸はとても感動しましたが、幸いにも、眩暈もせず倒れもしませんでした。でも、今度またフィレンツェに行ったときは、首の血管に負担がかからないよう、上を見上げたままの姿勢を続けないように注意しよう〜と。
Text by Sati Coda
coda21「映画の森てんこ森」幸田幸。
coda_sati@hotmail.com
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