スローフード
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 スローフード@映画の森てんこ森(シャイな幸の独り言)
スローフード
スローフード
2004年06月09日水曜日 「シャイな幸の独り言」トップへ
 数年前から気になっていた「スローフード」について書きます。
 まずその前に、映画では食事のシーンが多いが、レストランや食事を題材にした人情物(ヒューマン・ドラマ)映画は、『 バベットの晩餐会 (1987) BABETTE'S FEAST 』、『 パリのレストラン (1995) AU PETIT MARGUERY 』、『 星降る夜のリストランテ (1998) LA CENA 』などがある。

 さて、本題の「スローフード」は、厳密に言えば「ファーストフード」の反意語ではない。「ファーストフード」は食べ物で、「スローフード」はムーヴメント(運動)やマニフェスト(宣言)、所謂(いわゆる)スローフード運動である。(本ページ最下段に「スローフード宣言英語版」を引用し、「スローフード日本語版」はここをクリックでリンクしておく。)

 スローフードは、1986年に、トリノで有名な北イタリアピエモンテ州ブラ Bra, Piemonte, Italia という町から起こった運動だ。イタリア余暇文化協会(Associazione Ricreativa e Culturale Italiana 略称ARCI アルチ)のアルチゴーラと称する団体が、スローフードという言葉を生み出したカルロ・ペトリーニ Carlo Petrini 氏を会長に頂き、全世界に広がったものだ。「カタツムリ」が団体キャラクターのスローフードの公式サイトを見ると、スローフード国際組織は1989年にパリで設立され、スイス(1995)、ドイツ(1998)、アメリカニューヨーク(2000)、フランス(2003)そして日本と順に各国でスローフード協会が設立されている。現在では800のローカルのコンビビュームに組織されて、100国以上で80,000人のメンバーがいるらしい。スローフード運動発祥の地イタリアでは、約35,000人のメンバー、および360のコンビビューム(イタリアではコンドッテ condotte という)がある。この組織は今も増大している。そして、各国でブームとなり、日本でもニュース23で筑紫哲也氏が多事争論で「スローフード」が原点である「スローライフ」を取り上げているほどだ。

 先日映画『 スーパーサイズ・ミー (原題) (2004) SUPER SIZE ME 』の解説を書いていて、おやッ?と思ったことがある。それはMSNエンタテインメントの『 スーパーサイズ・ミー (原題) 』の以下の記事を見たからだ。
▼http://event.entertainment.msn.co.jp/eigacom/buzz/040603/06.htm
スローフード (映画スーパーサイズ・ミーのポスター)
スーパーサイズ・ミー
Filmography links and data courtesy of
The Internet Movie Database &
Nostalgia.com.

スローフード(オージーマック)
西オーストラリアのパースで
幸が食べたオージーマック

●ポスターはnostalgia.comより許諾をえて使用
<「スーパーサイズ・ミー」  いま、全米で公開中の低予算映画が、ファーストフード業界を震撼させている。今年のサンダンス映画祭に出品され、ドキュメンタリー部門で監督賞を受賞した「スーパーサイズ・ミー」という映画がそれだ。わずか30万ドル(約3300万円)で製作されたこの映画、5月7日にたった49館で公開されたのだが、今週までに197館にまで拡大され、何と全米ボックスオフィスの第10位にランクされるという躍進ぶり。まだまだその勢いは止まらない。
 映画の内容は、1日3度の食事をマクドナルドだけで摂り、これを30日間続けたらどうなるかを記録したドキュメンタリー。その監督であり、被験者でもあるモーガン・スパーロックなる人物は、「実験」が進むに連れ、体重がどんどん増え、さまざまな身体の不調を訴え、やがて医師に「このまま続ければ死ぬ」と言われてしまう。
 対するマクドナルドは、ポテトやドリンクの「スーパーサイズ=特大」をメニューから排除することを発表したり、突如ヘルシーメニューを開発するなど、バッドイメージの払拭に追われているそうだ(こうした施策は、この映画の公開とは関係なく計画されていたらしいが)。マクドナルドに限らず、ファーストフード業界全体にとっての「地雷」とも言えるこの映画、日本上陸が楽しみだ。ファーストフード大好き人間は心して待つように。>とある。
 この映画『 スーパーサイズ・ミー (原題) 』は、スローフードという運動のお陰ですっかり悪者にされつつあるファーストフード、特にその代表であるマクドナルド(関西では「マクド」、関東では「マック」と略称)を槍玉にあげている。時代はまさにスローフードの上げ潮だが、日本マクドナルドの故藤田田氏がマクドナルドから手を引き売り上げが下がったとはいえ、ほんの最近まで、いや今でもマクドナルドの人気は根強い。実際幸もお昼は時々お世話になる。早くて安くて便利で気軽だからだ。

 この「早くて安くて便利で気軽」はファーストフードの定義らしいのだが、一体私たちの周りにどんなファーストフードがあるだろう。コンビニ(幸の独り言「CVS」参照)や弁当屋さんの弁当、牛丼屋、回転寿司、デパートのお惣菜、レンジでチンの冷凍食品、お湯で温めるだけのレトルト食品、お湯を注ぐだけのカップ麺など等。

 このサービスを提供するには企業側は大いに努力をしなければならない。どこでも安価で安定した食材を提供できる生産者と小回りの利く配送システム、簡素化した調理方法と必要十分条件を満たす最低限のメニュー、マニュアル化した接客による人件費の削減など等、会社法人組織が利益追求すれば自ずと結論はマクドナルド方式になる。それがアメリカ式合理主義でもあるのだ。
 このアメリカ式合理主義の権化であるマクドナルドは、日本でもそうであったように、今中国でも大人気だ。なぜそんなに人気があるのだろう?正直言って美味しくないのに...(日本メニューのテリヤキバーガーとオーストラリアメニューのオージーマックはまだイケルが、イギリスのオージーマックはなぜか美味しくなかった)。それは成長する国の持つ自由な国アメリカの憧れと幻想でもあり現代社会の需要にあってもいるからだ。これも現代社会の食文化なのだ。もっと突き詰めて言えば、狭義なグローバリゼーション=アメリカンスタンダードの表れなのかもしれない。

 スローフード宣言(結構力が入っていて大げさなのだが)を読み、イタリア発のスローフード運動の3つの指針<(1) 消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワイン(酒)を守る。(2) 質のよい素材を提供する小生産者を守る。(3)子供たちを含め、消費者に味の教育を進める。>等から察すると、スローフード宣言とスローフード活動は、地域独自の伝統的食文化を擁護しつつ良質な食べ物の供給を推進する中で、子供から大人まで食についてのあり方を教育しあい、食に関する国際的規模の人的交流をめざすということを目標としているらしい。
 
スローフード 03
イタリアでは基本的にコンチネンタル式小職ではあるが、
コーヒーとパンだけでない珍しい朝食

 そういえば、幸が昨年ホームステイしたイタリア・フィレンツェの家庭のマンマ(お母さん)は、幸が学校の昼休みにマクドナルドを利用すると言うと馬鹿にしたような目で「Non va bene per la salute 健康に良くないよ」と言い捨てる。彼女は元高校の教師なりのインテリさでスローフード運動を支持しているのだろうか。またはスローフード運動を引き出すまでもなく、イタリア人らしく根っから食生活を謳歌しているのかも知れないと思う。私のファーストフード昼食は体によくないと思ったのか、基本的にコーヒーとパンだけであるコンチネンタル式ではなくイタリアでは珍しく朝から豪華な朝食を出してくれた時もあった。
 この家庭自体が広い敷地で色々な野菜を栽培して、それをパパであるご主人がルーマニア人の家政婦さんと料理をして、マンマと息子たち2人と私に食べさせてくれる。生ハムとワインとチーズは地下室から持ってくる。毎晩の食事は8時から10時まで続く。お陰で宿題をするのに追われてしまう。それを言うとそんなに勉強が大切か、皆で話をして食事するほうがもっと大切だろう、そのほうがイタリア語は上達する、らしきことを言われる。その通りだが私のイタリア語はもっと基礎的な単語を覚えなければならないことがマンマはお分かりでないのだ。

 スローフードの原点はこのマンマに観られるような気がする。彼女は間違いなく正しい。生産者の顔も知らない、時には効率のために遺伝子組み換え食材を用い、イメージ広告で消費者の気を引く多国籍企業のファーストフードのハンバーガーより、幸の過ごしたフィレンツェのピアッティ(料理)の方が見た目も美しく、豊かで美味しくて安全である。基本的にスローフードはイタリア・フランス・ドイツなどの農業に根ざす「自給自足」を原点としているのかも知れない。自分の食べ物は自分が作るというのは、そもそも人間の基本的生活姿勢かも知れない。スローフードの考え方は「地産地消」であり、その土地で作られた食べ物を、その土地で消費する。その土地の中でできるだけ生産と消費のサイクルを作り上げ、どうしても得られない食べ物は隣町や少し離れた地域から得る。そうすることによって生産者である農業や漁業や畜産業を営む人たちとの交流もでき誰が作り誰が食べていると互いに分かり合える。そんな考え方がスローフードなのだろう。

 そうなると、季節はずれな果物や野菜は今のように口には入らない。贅沢はできない。いや季節外れの食生活は贅沢ではない、元々季節外れだからハウスで化学肥料をふんだんに使い土地に無理をさせて栽培する。よって化学肥料の沈殿した貧しい物しかできない上に土地は荒れる。そんな貧しいものを食するのを贅沢と勘違いしている現代人は、何でもある食生活にいつの間にか慣れてしまって気付くこともできないのかも知れないのだ。それなら海外から輸入すれば良いというわけで輸入する。しかし農薬や新鮮さの問題があり、生産者と消費者の繋がりが見えてこない。日本の生産者はそんなことはないかもしれないが、形や色や艶などの外観に拘る日本人の食嗜好のお陰で、虫の付かないように出荷のときも農薬を散布するなんてことも行われていると聞く。スーパーのカウンターで光り輝くカリフォルニアグレープフルーツやバレンシアオレンジは大丈夫なのかしらと思ってしまう。
スローフード04
伝統的な調理法で朝食を
 農業や郷土料理、そして消費者として質の良い食べ物を守ろうと云うスローフードの考え方は、何もイタリアの専売特許ではない。日本にもいくらでもこのような食生活をしている家庭はある。共同で菜園を借りてトマトやピーマンなどを栽培しているお家もある。
 また、スローフード生活に嵌(はま)って、大都市生活ではスローフード生活が難しい分だけ「田舎生活回帰」という流れもある。しかし田舎で俄か仕込みで急にお百姓ができるほど農業は簡単ではない思うが、少なくともスローフードを先進的に実践していると言える。彼らは良きオピニオンリーダーなのだ。

 日本の現代人の大半の大人は幸同様会社に勤めるサラリーマン(約7千万人ぐらいか?)だ。その私たちがその地域で採れた季節の野菜を調理して食し、食を語り、食を研究し、食を守り次の世代に伝えていくというような大げさなことはできそうにない。まして、日本は大概の食材は輸入に頼っている。その生産元から実際どのような経路で私たちの口に入るのか確かめるにも、流通経路が複雑で不透明だ。商品表示はあっても信用はできない。だからファーストフードに慣れ親しんでいる私たちのような世代は、まずスローフード意識を持つ必要がある。

 もっと私たちよりもファーストフード漬けで悲惨(ちょっと大げさ)なのは今の小中学生かも知れない。小学校の教師をしている友人から聞いた話なのだが、熱いお茶が飲めない子がいる。それも一クラス中かなりの纏まった数でいるらしい。また、カレーにジュース、味噌汁にマヨネーズ、おにぎりにコーヒー牛乳という味覚鈍な組み合わせには最初エッ!?と驚いたらしい。また、梅干やラッキョウ、塩昆布やとろろ昆布を食べたことのない子供もいるらしい。(実は私もケーキにジュースだった時代がある。)この年代では生まれてから大半はずっとファーストフードで育っている。今まさにスローフードの教育が必要な時代だとも言う。だから、私たちの祖父や父母は私たちの世代よりスローフードを実生活を通して日本の伝統料理を味覚的にも知っている分だけ、スローフードの概念を十分理解し中心になって啓蒙活動を行って貰いたいとも言う。そして彼女のような確固とした見識を持った私たちの世代が受け継いでいくという長いスパンでのスローフードへの取り組みが必要なのだろう。多忙な時間を縫うように食事を済ます現代社会で働くサラリーマンのお昼は、大目に見てもらってファーストフードでも良いだろう。ただし、スローフード意識を持ってね!ということだ。

 私ん家では、出張と旅行以外は必ず家族一緒に食べる幸田式一汁三菜とごはんは古い考えの父の好みだ。しかし、私は焼肉などのほうがうれしい。水炊きのときは外食も時たまする。日本のスローフードから考えると、やはり献立の主菜は魚介類中心になるのだろうか。副菜はなるべく地元でとれた季節の野菜、豆製品、乾物や海草を食材として、煮る、焼く、和える、蒸す、という伝統的な調理法と味噌、醤油、塩、鰹節、昆布などで調味する。今思いつく料理品目は、豆の煮物は五目豆や黒豆、根野菜の煮付け、魚料理はぶりの照り焼きやさばの味噌煮や秋刀魚の開きに大根おろし、山菜料理、昆布巻や筑前煮や白和え、納豆、豆腐いり味噌汁や豚汁や玉水、白和え、お肉を使うなら肉じゃがや豚の角煮、関西ではすじ肉を入れたおでんなど等だ。料理は時間をかけてきちんと作り、家族団欒でTVをつけて楽しくおしゃべりしながらゆっくり味わう。一日に30品目の食材を食べるよう努力して30回以上咀嚼する。そして、美味しく頂いたことに感謝する。これが家庭でできる最低限のスローフード実践法だろうか。

 私は月に一回以上は海外に出るが、どこに行っても、反スローフード活動かもしれないが必ずマクドナルドの所在地をチェックする。会社からお仕事で出る時は、上司のおごりやお付き合いや食事会など結構立派な食事を頂くときが多々あるので心配ない。しかし、個人で旅行するときは滞在費の予算があまりないため食生活は安く上げるため質素だ。こんなときマクドナルドは有効だ。カロリーもあり早くて、どの店に行ってもほぼ均一な味とサービスが受けられ、価格でどぎまぎすることはない。ファーストフード様さまの食の救世主だ。

 しかし、これではいけない!スローフード意識が欠けているのと大いに反省して、帰国すると日本古来の料理であるお寿司とかけうどんを食べて自分が日本人であることを味覚から満喫し確認する。このときこそ至上の喜びである。まさに食生活の充実感を味わうことができる。

 平日の回転寿司で、「100円かけうどん」一杯と「こういか」「うなぎ」「とろびん長たたき」「たまご」を一皿ずつ、生姜(ショウガ)多めに食べ、お腹一杯でお茶で終わり¥525円なり。これで幸の海外旅行疲れの胃腸と体のバランスを整える。でもこれってファーストフードじゃんか!と突っ込まないで下さい。回転寿司の翌日は、会社の近くでトンカツ、そして家でお好み焼きで更にパワーを充電する。

 ところで、会社近くのトンカツ屋さんはチェーン店なんだが、やはりこれはファーストフードの範疇なのかしら?
 もしそうなら、海外旅行は機内食から海外滞在の食事から帰国後の体力補強までファーストフードっぽいのだわ。またもや反省。(^_^;)>
 さてさて、何気なく食べている毎日の母の料理が、やはり一番スローフードって事か...。


※参考資料:
 The Internet Movie Database (IMDb)
 allcinema ONLINE
 nostalgia.com
 スローフード協会本部公式サイト http://www.slowfood.com
 スローフード協会イタリア公式サイト http://www.slowfood.it
 ニッポン東京スローフード協会
  http://www.nt-slowfood.org/release/031106_01.html
◆スローフード宣言(英語版)
Slow Food International Manifesto

・ Endorsed and approved in 1989 by delegates from twenty countries:

 Our century, which began and has developed under the insignia of industrial
civilization, first invented the machine and then took it as its life model.
We are enslaved by speed and have all succumbed to the same insidious virus:
Fast Life, which disrupts our habits, pervades the privacy of our homes and forces us to eat Fast Foods. To be worthy of the name, Homo Sapiens should rid himself of speed before it reduces him to a species in danger of extinction. A firm defense of quiet material pleasure is the only way to oppose the universal folly of Fast Life. May suitable doses of guaranteed sensual pleasure and slow, long-lasting enjoyment preserve us from the contagion of the multitude who mistake frenzy for efficiency.
Our defense should begin at the table with Slow Food. Let us rediscover the flavors
and savors of regional cooking and banish the degrading effects of Fast Food. In the name of productivity, Fast Life has changed our way of being and threatens our
environment and our landscapes. So Slow Food is now the only truly progressive
answer. That is what real culture is all about: developing taste rather than demeaning it.
 And what better way to set about this than an international exchange of experiences, knowledge, projects?
 Slow Food guarantees a better future. Slow Food is an idea that needs plenty of
qualified supporters who can help turn this (slow) motion into an international
movement, with the little snail as its symbol.
Text by Sati
coda21「映画の森てんこ森」幸田幸。
coda_sati@hotmail.com
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