龍馬暗殺の真犯人 

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映画の森てんこ森・幸田幸のパパ=キャツピ&めん吉のブログ【ぼろくそパパの独り言】
【龍馬暗殺の真犯人】

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 このブログは幸田幸@映画の森てんこ森のパパ
=屋根裏部屋のピアノ弾きchiazpi(キャツピ)&
饂飩長屋の麺場吉次郎(めん吉=メンキチ)」が綴る
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11/16(火)【龍馬暗殺の真犯人】「龍馬暗殺の真犯人」! (c)2010 KyokoF. All Rights Reserved. @キャツピ&めん吉の【ぼろくそパパの独り言】

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【ぼろくそパパの独り言】:龍馬暗殺の真犯人
記事作成:幸田幸@映画の森てんこ森のパパ・キャツピ&めん吉
記事編集日:2010年11月16日(火)
饂飩長屋麺場吉次郎で使っている「めん吉」割箸

@キャツピ&めん吉の【ぼろくそパパの独り言】
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【龍馬暗殺の真犯人の目次】
■龍馬暗殺の真犯人:はじめに・・・
■龍馬暗殺の真犯人:瞬時に龍馬と中岡を滅多斬り
■龍馬暗殺の真犯人画像
■龍馬暗殺の真犯人:刺客は場数を踏んだ剣の達人
■龍馬暗殺の真犯人:「近江屋事件」(Wikipedia)引用
■龍馬暗殺の真犯人:「近江屋事件」(Wikipedia)情報
■龍馬暗殺の真犯人の関係参考資料
■龍馬暗殺の真犯人画像(1)640x480ピクセル
■龍馬暗殺の真犯人画像(2)640x480ピクセル
■龍馬暗殺の真犯人画像(3)640x480ピクセル
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■更新記録


■龍馬暗殺の真犯人:はじめに・・・

 今日のブログは「11/16(火)龍馬暗殺の真犯人」。トップ画像は「龍馬暗殺の真犯人」です。画像をクリックすると640x480ピクセルの拡大画像が見れます。
 昨日の「11/15(月)龍馬暗殺」に続いて本日も日本史オタクの小沢栄三が「龍馬暗殺の真犯人」を担当します。

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■龍馬暗殺の真犯人:瞬時に龍馬と中岡を滅多斬り

 今日は「龍馬暗殺の真犯人」です。
 「龍馬暗殺の真犯人」画像は上川隆也:坂本竜馬と岡本健一:中岡慎太郎が暗殺される画像です。この画像は、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を1997年にTBSが制作した歴史大河ドラマの一場面です。この時の出演は、坂本竜馬:上川隆也、おりょう:沢口靖子、坂本乙女:大地真央、お田鶴:鶴田真由、千葉さな子:松たか子、坂本八平:西岡徳馬、中岡慎太郎:岡本健一です。

 さて、本日の「龍馬暗殺の真犯人」のタイトル画像は「龍馬暗殺の真犯人」が龍馬と慎太郎を襲撃する画像。画像にマウスオーバーする(カーソルを画像の上に置く)と、龍馬(左)と中岡(右)が「龍馬暗殺の真犯人」に斬られ刺客が立ち去った後の画像に入れ替わります。画像をクリックすると、1280x830ピクセルのでっかい「龍馬暗殺の真犯人」画像に拡大します。

 「龍馬暗殺の真犯人」のトップ画像は、「龍馬暗殺の真犯人」が瞬時に二の太刀三の太刀を龍馬に浴びせ、中岡慎太郎を滅多斬りにして「もうよい」と言った画像。画像にマウスオーバーする(カーソルを画像の上に置く)と「龍馬暗殺の真犯人」のスライドショー3枚画像に入れ替わります。クリックで640x480ピクセルに拡大します。

 以下の「龍馬暗殺の真犯人」画像は、致命傷を負って倒れている上川隆也坂本竜馬と岡本健一中岡慎太郎のスクロール画像です。マウスオーバーすると、「龍馬暗殺の真犯人」のスクロールが止まります。ドラマとはいえ「龍馬暗殺の真犯人」が任務遂行後の残酷な画像(1000x830ピクセル)をフルサイズ大画面で見られます。


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■龍馬暗殺の真犯人画像

龍馬暗殺の真犯人
  
=画像の上にマウスを置くと止まります。
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■龍馬暗殺の真犯人:刺客は場数を踏んだ剣の達人

 近江屋事件(おうみやじけん)は、幕末の慶応3年11月15日(1867年12月10日)に坂本龍馬と中岡慎太郎と山田藤吉が京都河原町近江屋井口新助邸において暗殺された事件のこと。
 近江屋事件の真犯人(龍馬暗殺の真犯人)は、京都見廻組説・新選組犯行説・紀州藩士報復説・薩摩藩陰謀説・イギリス陰謀説などあるが、京都見廻組の犯行が定説である。

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」は今月の11月28日(日)で最終回「龍の魂」が放送予定だが、注目の「龍馬暗殺の真犯人」は一体どの説を採るのだろうか前々から興味があった。
 前評判では、市川亀治郎が京都見廻組肝煎職の今井信郎(いまい・のぶお)を演じ、京都見廻組与頭(リーダー)職の佐々木只三郎(ささき・たださぶろう)にドラマーで俳優の中村達也そして渡辺篤(わたなべ・あつし)を歌手のSIONが演じるのだそうだ。

 龍馬暗殺の真犯人は京都見廻組の犯行が定説であるが、その刺客メンバーと人数とその役割は定かではない。凡そ、佐々木只三郎、今井信郎、渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂隼之助、土肥仲蔵、桜井大三郎らが下手人と思われる。この中には渡辺篤は入っていない。

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」ではSION渡辺篤はやはり近江屋事件の暗殺メンバーに加わって龍馬か慎太郎か藤吉かを斬殺するのだろうか?その他の京都見廻組メンバーのクレジットを是非見てみたいものだ。

 そもそも龍馬暗殺の真犯人の定説は、今井信郎が、明治維新後の1870(明治3)年、近江屋事件の真犯人(龍馬暗殺の真犯人)の一人であると自白したことから端を発する。
 今井信郎は京都見廻組ではグループ長的な肝煎職まで昇進したが、戊辰戦争<慶応4年/明治元年 - 明治2年(1868年 - 1869年)>では東北各地を転戦して箱館戦争まで戦い抜き、五稜郭に立て籠もり官軍(政府軍)に抵抗したが、明治2年(1869年)6月に降伏人として囚われの身となった。そこで近江屋事件の糾問を受け、坂本龍馬暗殺の見張役として関わったと自供し、裁判により禁固刑となったが、明治5年、特赦により釈放された。この今井信郎の釈放には西郷隆盛の口添えがあったとも言われているが、西郷隆盛と今井信郎の関わりを確認出来る史料は見つかっていない。
 今井信郎<天保12年10月2日(1841年11月14日) - 大正7年(1918年)6月25日>は、兜割(かぶとわり)で直心影流(じきしんかげりゅう)の実力を示し一世を風靡したといわれる榊原健吉(「最後の侍」と呼ばれた江戸末期から明治にかけての剣客)の門下に18歳で入り、20歳で直新陰流免許皆伝、講武所師範代を拝命、片手打ちという独自の剣法を編み出すが、師より封印される。文久3年(1863年)、23歳で柔術の指南を受けた神奈川奉行所取締役窪田鎮章の配下となり、窪田鎮勝から扱心流扱心流体術を習ったという武術の達人である。余談だが勝海舟も直新陰流の有名な門人である。

 因みに、佐々木只三郎<天保4年(1833年) - 慶応4年1月12日(1868年2月5日)>は、神道精武流を学び「小太刀日本一」と称され、幕府講武所の剣術師範を勤めたと伝えられる。剣の達人である。
 また、渡辺篤<天保14年12月18日(1844年2月6日) - 大正4年(1915年)1月6日)>は、大野応之助の元で西岡是心流(剣術)を修める。他にも円明流(剣術)・荻野流(砲術)・無辺流(槍術)・日置流(弓術)・大坪流(馬術)などを習得した剣客として名高い。

 このような武術・剣の達人そして剣客が不意を衝いて急襲すれば、たとえ北辰一刀流の達人だったといわれる坂本龍馬が、風邪を引いていなくてコンディション万全で剣を持って尋常に戦っていても、一人は相打ちで撃退できても、やはり殺られたかもしれない。

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■龍馬暗殺の真犯人:「近江屋事件」(Wikipedia)引用

近江屋事件 - Wikipedia
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 当初、刺客が「こなくそ」と伊予弁を話していたことなどから、新撰組原田左之助大石鍬次郎らの仕業とされた。しかし、刺客が「こなくそ」と言ったというは話は谷干城の証言以外は無い。明治になるまで新選組の仕業とされていたことや、池田屋事件などもあり、戊辰戦争においては新選組に対して徹底した粛清が行われている。特に谷干城は頑なに新選組犯行説を信じており、近藤勇への厳罰を強く主張した。

 この事件に関しては見廻組実行説が学説として最も有力であるが、薩摩藩陰謀説をはじめとする数々の陰謀説が唱えられたり、小説などでの創作(浅田次郎の『壬生義士伝』など)もさかんに行われているが、それらを裏付ける史料の存在は確認されていない。

 また、現在においても坂本龍馬の知名度は中岡慎太郎に比べて圧倒的に高いが、刺客の狙いが実は中岡慎太郎であったという文脈で議論される事がある。しかし、当時の風聞伝聞の類においても坂本龍馬の名前でしか話題にない。

京都見廻組説
 見廻組佐々木只三郎らが実行犯とする説。裏付け証言の存在する唯一の説であり、通説となっている。これに疑問を呈する歴史学者は皆無に等しい。

 1870(明治3)年、見廻組隊士だった今井信郎箱館戦争で降伏し、囚われていたところ、新選組隊士であった大石鍬次郎横倉甚五郎らの犯人は見廻組であるという供述により、今井も近江屋事件について取調べを受けた際、坂本・中岡暗殺に関与したと自白し、裁判により禁固刑となった。今井は刑に服しており、事実上、近江屋事件は解決していると言える。

 今井は明治後期以降にも証言を行った他、大正時代には同じく元見廻組隊士の渡辺篤が証言を行っている。ただし、今井や渡辺の口述に食い違う部分(刺客の人数構成、供述による斬った箇所と実際の傷の箇所の相違、現場に置き忘れた鞘の持ち主など)がある。

 誰が見廻組へ指図をしたかについても論じられるが、当時の政局は大政奉還に反対する佐幕派の譜代諸侯も多く、京都守護職の任に就いていた会津藩内においても松平容保候をはじめとする大政奉還賛成派と反対派がいた為、見廻組が京都守護職の傘下[4]であっても、必ずしも会津藩から指図が下りたとは限らない勝海舟は幕府上層部の指示であるとも推測している。 また、佐々木只三郎の一存で見廻組を動かした可能性もある。

新選組犯行説
 龍馬暗殺当時の現場に残されたなどの物証や、3日後に暗殺された伊東甲子太郎の同志(御陵衛士)らの証言から新選組原田左之助によるものと信じられていたが、刀傷は左利きによるものであると言う説もある。これを採用するなら左利きで、北辰一刀流の達人である龍馬を殺害できるだけの実力のある人物となると、斎藤一という説もある(ただし、実際に斎藤が後世の小説のように左利きであったという史料は確認されていない)。

 事件後、11月26日に幕府から取調べを受けた新選組局長の近藤勇は関与を否定した。
 現在では、新選組犯行説を支持する研究者はほとんどいない。

紀州藩士報復説
 海援隊隊士の陸奥陽之助(陸奥宗光)は、いろは丸事件をめぐる紀州藩士の恨みによる犯行であると考えていた。そのため、紀州藩公用人の三浦休太郎(三浦安)が海援隊隊士らに襲撃される天満屋事件が発生した。

薩摩藩陰謀説
 西郷隆盛大久保利通薩摩藩側による陰謀だとする説。

 松平春嶽勝海舟から影響を受けた龍馬は諸侯会議による新政府の設立を説いており、大政奉還を受け入れた徳川慶喜をそこに含めることを想定していた。そのため、武力倒幕と旧権力の排除を目指していた西郷隆盛と、慶喜の処遇をめぐる意見の相違が生じた。西郷、大久保らは新政府のあり方について意見の異なる龍馬の動きを看過できなくなり、故意に幕府側に龍馬の所在を漏らすなど暗殺に関与したとする説もあるが、龍馬自身が幕府大目付である永井尚志と談合するなど、憚りのない行動を周囲に警告されており、密告が無くとも容易に龍馬の所在は突き止められたと考えられる。 尚、薩摩藩家老である小松清廉も大政奉還を慶喜に迫っている

 この武力倒幕派による暗殺説は、佐々木多門の書状や近江屋の女中たちの証言(現場に駆け付けた海援隊士中島信行が女中に聞いたという話。ただし、当時中島はいろは丸の件で長崎におり、現場に駆け付けるのは不可能だったと一蹴されている)などの資料が影響を与えている。しかし、中岡慎太郎も武力倒幕派であり、様々な矛盾が生じる説で、大政奉還路線と武力倒幕路線の対立を必要以上に強調しすぎたきらいがあると指摘する者もある。

 テレビ・小説などではこの説を採用することが多くこれまで歴史学会多数派の主張とは異なり、一般では近年この説を支持する人が多い傾向にあるが、薩摩藩陰謀説が成り立たないことを政治史的な観点から主張したものに、在野の歴史研究家桐野作人「龍馬遭難事件の新視角-海援隊士・佐々木多門書状の再検討- 第1回・第2回・最終回」(『歴史読本』第51巻第10号・第51巻第11号・第51巻第12号、2006年)がある。

イギリス陰謀説
 武力倒幕により、薩長倒幕側に武器の売り込みを狙った企業体ジャーディン・マセソン系のイギリス人・グラバー、外交官・パークスアーネスト・サトウらにより仕組まれた陰謀であるとの説。加治将一らが主張しており、いわゆる「フリーメイソン陰謀論」に属する。


※以上は「近江屋事件」: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用しています。

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■龍馬暗殺の真犯人:「近江屋事件」(Wikipedia)情報

近江屋事件 - Wikipedia
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

龍馬暗殺の真犯人:「近江屋事件」ウィキペディア(Wikipedia)英語English
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■龍馬暗殺の真犯人の関係参考資料

龍馬暗殺@映画の森てんこ森
 http://coda21.net/calendar_blog/201011/101115index.htm
NHK大河ドラマ「龍馬伝」公式サイト
 http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/index.html
NHK大河ドラマ『龍馬伝』登場人物
 http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/cast/index.html

近江屋 - Wikipedia
坂本龍馬 - Wikipedia
中岡慎太郎 - Wikipedia
山田藤吉 - Wikipedia
十津川郷士 - Wikipedia
京都見廻組 - Wikipedia
佐々木只三郎 - Wikipedia
今井信郎 - Wikipedia
直心影流剣術 - Wikipedia
榊原健吉 - Wikipedia
龍馬を語ろう (暗殺の謎を追う)
 http://www.est.hi-ho.ne.jp/kazu-ni/sangeki.html
坂本龍馬暗殺事件概要@ryomadna.net
 http://www.ryomadna.net/ryoma-ansatsu/20070907000001.php


■更新記録
▼2010.11.16(火)
□映画の森てんこ森Y版=YouTube版
 未定・・・
□映画の森てんこ森B版=恭子の動画映像B級グルメとエコライフ
 未定・・・
□映画の森てんこ森T版=ぼろくそパパの独り言
 【龍馬暗殺@映画の森てんこ森】11/15
 http://coda21.net/calendar_blog/201011/101115index.htm
 【龍馬暗殺の真犯人@映画の森てんこ森】11/16
 http://coda21.net/calendar_blog/201011/101116index.htm
□映画の森てんこ森L版=livedoor版
 【龍馬暗殺@映画の森てんこ森】作成中・・・



〔お毒見役兼ページ監修〕森田稲井/塩梅精養料理研究会代表

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饂飩長屋麺場吉次郎で使っている「めん吉」割箸

@キャツピ&めん吉の【ぼろくそパパの独り言】
幸田幸@映画の森てんこ森のパパ・キャツピ&めん吉の【ぼろくそパパの独り言】


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