宋家の三姉妹
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映画の森てんこ森■映画レヴュー
宋家の三姉妹 (1997)
宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS
 映画『 宋家の三姉妹 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』をレヴュー紹介します。

 映画『 宋家の三姉妹 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』を以下に目次別に紹介する。
映画『 宋家の三姉妹 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』の解説
 ネタばれをお好みでない方はこの解説をご覧下さい。
映画『 宋家の三姉妹 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』の映画データ
映画『 宋家の三姉妹 』にような実在の人物を取り扱った他の映画
映画『 宋家の三姉妹 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』のスタッフとキャスト
映画『 宋家の三姉妹 』の「テキストによる映画の再現」レヴュー(あらすじとネタばれ)
ご注意:『 宋家の三姉妹 』の内容やネタばれがお好みでない方は読まないで下さい。
映画『 宋家の三姉妹 』 三姉妹の父チャーリー・ジェームズ・ソン
映画『 宋家の三姉妹 』 長女の靄齢<アイレイ>
映画『 宋家の三姉妹 』 次女の慶齢<ケイレイ>
映画『 宋家の三姉妹 』 三女の美齢<ビレイ>
映画『 宋家の三姉妹 』のストーリー
映画『 宋家の三姉妹 』の感想(ネタばれご注意)
映画の森てんこ森の映画レヴュー『 宋家の三姉妹 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』がYahoo!で紹介されました!!
映画『 宋家の三姉妹 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』の更新記録
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■映画『 宋家の三姉妹 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』の解説
宋家の三姉妹
宋家の三姉妹
ポスターは京都朝日シネマ様より引用
宋家の三姉妹 (1997)
宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS

 映画『 宋家の三姉妹 (1997) 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』を解説します。映画『 宋家の三姉妹 (1997) 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』は、「誰かがあなたを愛してる(秋天的童話)」( 1987 )などで注目される、香港の女流監督メイベル・チャンの 1997 年作品。中国・香港・台湾で数々の賞に輝いた映画『 宋家の三姉妹 』は、総製作費 4000 万香港ドル。宋家の三姉妹の長女・靄齢に「グリーン・デスティニー」( 2000 ) 「トゥモロー・ネバー・ダイ」( 1997 ) 等のミシェール・ヨー( Michelle Yeoh )、次女・ 慶齢に「ロアン・リンユィ/阮玲玉」で 1992 年ベルリン国際映画祭の女優賞に輝いたマギー・チャン( Maggie Cheung :『 HERO (2002) HERO (英題) / 英雄 (原題) 』『 2046 (2004) 2046 』等)、三女・美齢に、「ラストエンペラー」( 1987 ) 「ピーター・グリナウェイの枕草子」( 1996 ) 等のヴィヴィアン・ウー( Vivian Wu )と、キャストも豪華である。
 映画『 宋家の三姉妹 』は、中国の大富豪チャーリー宋(チアン・ウェン)の美しい三人の娘、靄齢、慶齢、美齢の波乱に満ちた生涯を描いた、歴史メロドラマ。20 世紀初頭の中国で、英語を学び、ピアノやヴァイオリンを演奏し、アメリカへ留学するといった、超お嬢様の三人は、父の影響のもと、中国の古い因習にとらわれない、進歩的な女性に育つ。歴史の流れの中で、宋家の三姉妹はそれぞれの人生を選び…。
※訃報:宋家の三姉妹の三女・美齢さんが逝去。合掌黙祷。
 エッセイ「シャイな幸の独り言」(画面切替)に「10/24 宋家の三姉妹/三女美齢さん逝く」を急遽書いた。
●スチルはnostalgia.com、予告編はcinemaclock.comより許諾をえて使用しています。
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■『 宋家の三姉妹 (1997) 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』のデータ
 上映時間 145分
 製作国 香港/日本
 公開情報 東宝東和
 初公開年月 1998/11
 ジャンル ドラマ
 《公開時コピー》中国に伝説となった三人の姉妹がいた。ひとりは金を愛し、ひとりは権力を愛し、ひとりは国を愛した−−
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■映画『 宋家の三姉妹 』にような実在の人物を取り扱った他の映画
 「映画の森てんこ森」内にある実在の人物を描いた映画レヴュー11本だけを選んで、以下に紹介する。

レナードの朝 (1990) AWAKENINGS
娼婦ベロニカ (1998) DANGEROUS BEAUTY / A DESTINY OF HER OWN
エリザベス (1998) ELIZABETH 』
パッチ・アダムス (1998) PATCH ADAMS
アンナと王様 (1999) ANNA AND THE KING
ジャンヌ・ダルク (1999) JOAN OF ARC / THE MESSENGER: THE STORY OF JOAN OF ARC
マリー・アントワネットの首飾り (2001) THE AFFAIR OF THE NECKLACE
エニグマ (2002) ENIGMA
戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST
シービスケット (2003) SEABISCUIT
パッション (2004) THE PASSION OF THE CHRIST

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【映画『 宋家の三姉妹 』のスタッフとキャスト】
監督: メイベル・チャン Mabel Chung
製作: ン・シー・ユエン Ng See Yuen
脚本: アレックス・ロウ Alex Law
撮影: アーサー・ウォン Arthur Wongk
音楽: 喜多郎 Kitaro
    ランディ・ミラー Randy Miller
 
出演: マギー・チャン Maggie Cheung 宋慶齢
    ミシェール・ヨー Michelle Yeoh 宋靄齢
    ヴィヴィアン・ウー Vivian Wu 宋美齢
    ウィンストン・チャオ Winston Chao 孫文
    ウー・シンクオ Wu Hsing-Kuo 蒋介石
    チアン・ウェン Jiang Wen チャーリー宋
    エレイン・ジン Elaine Jin 宋夫人
    ニウ・チェンホワ Niu Zhen Hua 孔祥熙
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ネタばれ御注意!
 このレヴューは「テキストによる映画の再現」を目指して作文しています。よって、ストーリー展開の前知識やネタばれがお好みでない方は、読まないで下さい。
■映画『 宋家の三姉妹 』の「テキストによる映画の再現」レヴュー

 中国に伝説となった三人の姉妹がいた。ひとりは金を愛し、ひとりは権力を愛し、ひとりは国を愛した−(映画のキャッチコピー)

 まず、本作『 逃亡者 (1993) THE FUGITIVE 』の「テキストによる映画の再現」レヴューに入る前に、宋家の三姉妹と彼女達の父について少し触れてみる。

【映画『 宋家の三姉妹 』 三姉妹の父チャーリー・ジェームズ・ソン】
 三人の姉妹の父は、上海でバイブルを印刷し、巨万の富を得たチャーリー・ジェームズ・ソン(チアン・ウェン:『 ウォリアーズ・オブ・ヘブン・アンド・アース (原題) (2003) WARRIORS OF HEAVEN & EARTH 』等)。三人の娘のほかに、三人の息子たちもいる。彼は海南島の貧農家庭に生まれ、9歳のときにアメリカ・ボストンにいる伯父に預けられた。 1875 年に茶店で給仕をしていたところ、チャーリー・ジェームズ船長に可愛がられ、引き取られたそうだ。そこで船長の好意で洗礼を受け、クリスチャン・ネームであるチャーリー・ジェームズ・ソンという名前を得た。宋嘉樹として知られているチャーリー宋だが、本名は韓教順であり、アメリカ行きの船の中で宋という仮名を付けられたらしい。神学大学を卒業後、伝道師として帰国。倪桂珍との結婚により上海の名門に連なり、事業を興して大富豪となった。そして「五族協和」をスローガンとする孫文(ウィンストン・チャオ)の思想に共鳴し、辛亥革命を後押しする。

 三姉妹は、そんな父親のもとで、愛情に包まれ豊かに育った。英語を学び、ピアノやヴァイオリンを嗜む。「新しい女性の力が、新しい中国を作る」という父の考えで、アメリカへ留学。渡米の際、港で別れ際に父が娘たちに歌った歌は、中国の歌ではなくアメリカの「峠の我が家( Home on the Range )」。ちょっとカブれてる?とも思ったけれど、アメリカで育った父親だから仕方がないか…。

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【映画『 宋家の三姉妹 』 長女の靄齢<アイレイ>】
 「金を愛し」たというのは、三人姉妹の長女、靄齢<アイレイ>(ミシェール・ヨー:『 マスター・オブ・リアル・カンフー/大地無限 (1993) 太極張三豊 (原題) / THE TAI-CHI MASTER (英題) 』『 007/トゥモロー・ネバー・ダイ (1997) TOMORROW NEVER DIES 』『 グリーン・デスティニー (2000) 臥虎藏龍 (原題) / CROUCHING TIGER, HIDDEN DRAGON 』等)。彼女は孔子の末裔で大富豪である孔祥熙(ニウ・チェンホワ)と結婚。孫文の秘書だったが寿退職する。夫は靄齢の勧めで、中国初の銀行業を興す。孔祥熙はのちに台湾の行政院長(首相)を務めたそうだ。キャッチコピーから強欲な女性なのかと、映画を観る前は偏見があったが、そうではなかった。妹思いで、宋家のまとめ役のしっかり者といった感じ。アメリカ留学で入国の時に差別的な待遇を受けたことを、アメリカの理念を盾にセオドア・ルーズベルト米大統領に訴えたことがあるという逸話があるらしい。スゴイなぁ。私もそんな気概のある女性になりたいものだ。先見の明がある彼女は、三姉妹の中では一番幸福な人生を送ったのではないかと思う。

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【映画『 宋家の三姉妹 』 次女の慶齢<ケイレイ>】
 「国を愛した」のは、次女の慶齢<ケイレイ>(マギー・チャン:『 イルマ・ヴェップ (1996) IRMA VEP 』『 オーギュスタンの恋々風塵 (1999) AUGUSTIN ROI DU KUNG-FU (原題) / AUGUSTIN KING OF KUNG FU (米題) 』『 花様年華(かようねんか) (2000) 花様年華 (原題) / IN THE MOOD FOR LOVE (英題) 』『 HERO (2002) HERO (英題) / 英雄 (原題) 』『 2046 (2004) 2046 』等)。 1912 年に「二十世紀における最も偉大なる出来事」と題する論文を発表して辛亥革命を高く評価していた慶齢は、 1914 年孫文の秘書となるために家を飛び出し日本へと赴く。いくら年齢が 27 歳離れていても、自分に対して憧憬の念を抱く若く美しい娘が傍にいては、国の英雄・孫文も心ときめかないはずがない。 1915 年、二人は東京で結婚する。彼らの結婚の世話をしたのが、日活の創始者梅屋庄吉とその妻トク。映画の中では全く語られないエピソードだが、結婚式のシーンで参列者として立っていた日本人は、彼らに違いない。孫文の死後、妹の夫である蒋介石の政治を批判し、中国共産党との連携を主張していた慶齢は、中華人民共和国が成立した後、中央人民政府副主席、全国人民代表大会副委員長、全国政治協商会議副主席、中華人民共和国副主席、名誉主席などに就任する。女性・児童の福祉、教育、医療事業、世界平和運動などに尽くした慶齢は、 1981 年に北京で死去し、現在そのお墓は上海にある。

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【映画『 宋家の三姉妹 』 三女の美齢<ビレイ>】
 「権力を愛し」たのは、三女の美齢<ビレイ>(ヴィヴィアン・ウー:『 ラストエンペラー (1987) THE LAST EMPEROR 』等)。美齢は、国の英雄と結婚した姉への憧れから、孫文の後継者、蒋介石(ウー・シンクオ)と結婚する。一般的に、姉妹の間には微妙な憬れと嫉妬があると思う。スケールは違えど、お金があってもなくてもその辺は宋家でも一緒かも。その微妙な嫉妬のためか、歴史に翻弄されたのか、美齢と慶齢の進む道は正反対のものになる。美齢は 1949 年に内戦で敗れた蒋介石と共に台湾へ渡る。蒋介石死後も台湾政界で隠れた権力を持っていた美齢だったが、台湾総統に李登輝氏が選ばれた時、義理の息子を副総統の職に就かせようと画策したが失敗し、移住のためにアメリカへと渡った。現在 105 歳。ニューヨークにてご存命である。
  2003年10月24日更新:追記=宋美齢さんが死去 故蒋介石総統夫人 【台北24日共同】台湾のテレビは24日、故蒋介石総統夫人の宋美齢さんが台湾時間同日午前5時17分(日本時間同6時17分)ニューヨークで死去したと伝えた。106歳。(共同通信)→幸の独り言「宋家の三姉妹/三女美齢さん逝く」へ。

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【映画『 宋家の三姉妹 』のストーリー】

【宋家の三姉妹 第01段落】  1981 年、北京の病院で臨終の床につく宋慶齢は、一目妹の宋美齢に会いたいと思っていた。しかし、二人が再会することは難しかった。慶齢は中華人民共和国側の、美齢は台湾側の要人であった。姉妹は歴史の流れの中で、隔てられてしまったのだ。

【宋家の三姉妹 第02段落】  聖書の印刷で富を築いたチャーリー・宋の三人の娘たち、靄齢・慶齢・美齢は、孫文の革命の支援者である父の影響を受け、貧困にあえぐ 20 世紀初頭の中国で豊かに生活していた。そして父の意志で、 10 代でアメリカに留学する。中国初の女子留学生である。

【宋家の三姉妹 第03段落】  孫文が南京の臨時総督府の大総統に選ばれたことに沸き上がる中国で、長女・靄齢は孔子の 75 代目の孫でエール大卒の山西省の大富豪である孔祥熙と結婚した。靄齢がしていた孫文の秘書の仕事を慶齢が引き継ぐことになった。美齢も大学卒業を目前にしていた。「宋家王朝に乾杯!」宋家は幸せいっぱいだ。

【宋家の三姉妹 第04段落】  孫文が臨時大総統に就任してわずか44日目で、彼は北京の袁世凱に政権を追われることに。日本に亡命した孫文のもとに、彼の秘書となるために慶齢がやってくる。危険な身の上の孫文は、慶齢に中国に戻るように言うが、「おじ様の夢は中国と全国民の解放、皆が靴を履けること、私は女性としての自己を解放し、自分の道を歩きたいの」という熱心な慶齢の志に打たれ、彼女に秘書として働いてもらうことにする。同じ志を持って暮らしている内に、二人は愛し合うようになる。しかし、二人の関係に父チャーリーは大反対だ。自分と同年代の親友に娘をとられるという気持ちと、革命の指導者のスキャンダル相手が自分の娘であるという気持ちが入リ混じって、家に戻ってきた慶齢に怒り心頭だ。恋する乙女の気持ちもまた止めることはできない。慶齢は家を出て日本にいる孫文のもとに帰り、寺院で結婚式を挙げる。父チャーリーは二人の結婚式が終わった頃にいきなり現れ、「…娘をたぶらかし、私との友情を裏切った…」と孫文に絶縁宣言をし、また慶齢を勘当する。

【宋家の三姉妹 第05段落】  袁世凱の死後、孫文は広東に革命政府を樹立していた。中国の伝統芸能を観劇する宋家一族の元に、孫文夫妻が軍閥に包囲され危険な状態であるという知らせが入る。その知らせを伝えたのは、美齢に興味津々の軍人・蒋介石。蒋介石には妻子があったが、大富豪の娘である美齢にヤル気満々だ。二人の安否を心配する美齢に「ご安心を、お任せ下さい」という言葉を残し、救出に向かう。

【宋家の三姉妹 第06段落】  孫文と離ればなれになってしまった慶齢は、戦火の中を必死に逃げまどう。蒋介石に助けられた孫文は、軍艦で慶齢を待つ。彼女を待って40日目、軍艦の方に向かってくる小舟が孫文の目に入る。慶齢だ!その姿が、彼女の苦労を物語っている。慶齢は孫文に抱きしめられながら、護衛の兵士たちの死と、お腹の自分たちの幼い命が失われたことを話す。慶齢はこの出来事で子供が産めない体となる。

【宋家の三姉妹 第07段落】  1924 年、コウホ士官学校が開校される。慶齢の夫・孫文が提言し、靄齢の夫・孔祥熙が資金を調達、そして責任者である校長には美齢を妻にと狙う蒋介石が任ぜられた。政治・経済・軍事を掌握すれば、恐いものはない。手を振りながら中国初の国産の飛行機に乗って空を飛ぶ、総統の妻・慶齢を羨ましそうに見ている美齢に、先見の明のある長女靄齢は「校長夫人なら乗れるわよ」と蒋介石との結婚を勧める。

【宋家の三姉妹 第08段落】  その日、父チャーリーが倒れる。孫文との結婚以来、顔を会わせていなかった慶齢も、病床の父を見舞う。慶齢は父に許しを請い、父は娘を許す。慶齢は船いっぱいの嫁入り道具を持たせてもらって帰る。慶齢は父の死で、夫・孫文の死も近いことを感じる。北京に向かう汽車の中、孫文は倒れる。「革命いまだ成らず」慶齢は夫が遺言状に署名するのを手伝う。「…思い出と夢に包まれたあの家を君に残そう」と慶齢に言って孫文は息を引き取る。

【宋家の三姉妹 第09段落】  その頃、美齢は自分の運命の人が蒋介石であると確信を持ち始めていた。美齢の母に結婚の許しを得に来た蒋介石は、チャーリーの形見である聖書を手渡される。母は言う。「蒋さん、この聖書は夫の形見ですが、どこかに書き込みがあるはずです。私からは申しませんが、あなた自身で見つけて下さい。よく見ればわかります。」

【宋家の三姉妹 第10段落】  共産党員に迫害を加える蒋介石に反対する慶齢は、国民党を脱退する。共産思想を持つ慶齢は、姉妹たちとも衝突するようになる。家族の中で孤立した慶齢は、ソ連へと向かう。

【宋家の三姉妹 第11段落】  1927 年、上海で美齢と蒋介石の結婚式が盛大に催される。そのニュースを新聞で知った慶齢。二人の結婚を伝える記事の下に、「宋慶齢、ソ連にて再婚」というデマの記事が。慶齢は愕然とする。

【宋家の三姉妹 第12段落】  1931 年、満州事変が勃発。蒋介石は反共に躍起になる余り、日本軍の進出を野放しにしてしまったのだ。その冬、母の病床で三姉妹は再会する。母のため、昔のように楽器を奏でる三人。しかし、彼女たちをとりまく状況は、昔とは違っていた。慶齢と蒋介石の対立は激しくなっていった。蒋介石は慶齢の暗殺をもくろむが、慶齢が死ぬと悲劇のヒロインとなって神話となるという靄齢の言葉を聞き、思いとどまる。また、美齢もできる限りの手を尽くし、姉の身を守ったことで、慶齢への物騒な噂は絶えることがなかったが、彼女は無事でいることができた。美齢はお墓参りで出会った慶齢に、夫と対立しないでと頼む。しかし、いくら家族の情で頼んでも、思想を持った慶齢には通用しない。それ以来二人は疎遠になる。

【宋家の三姉妹 第13段落】  1936 年、西安事件が起こる。【西安事件:1936 年 12 月,対共産軍作戦督促のため西安に飛来した蒋介石を,張学良らが監禁した事件。周恩来の調停により蒋は釈放され,第二次国共合作による抗日民族統一戦線が結成された。(新辞林)】蒋介石が張学良に誘拐された。お家(国家)の一大事に、姉妹たちは団結する。蒋介石を見捨て西安の空爆を開始するという軍人達に、美齢は自分が交渉に西安へ赴くと言う。そんな彼女に慶齢は、抗日に同意すれば周恩来が動くと、助言を与える。世論を動かして美齢の後押しをさせると靄齢。もの凄い三姉妹!美齢は夫救出のため、専用機で西安へ。蒋介石は美齢の説得で抗日を承諾。張学良の要求書を受諾し、釈放される。南京に西安から美齢と蒋介石の乗った飛行機が飛んで帰ってくるが、飛行場の照明が爆撃されたため暗くて着陸することができない。飛行機の燃料は減ってくるし、このままでは墜落してしまう。頭の回転の早い靄齢は、その状況を判断し、「お金は使いようよ」と南京中の自動車を集め、そのヘッドライトで滑走路を照らした。飛行機は無事着陸し、蒋介石と美齢は記者に囲まれる。この事件から、美齢は政治の表舞台に華々しく登場するようになる。・・・

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◆ここからは、結末まで書いていますので、ストーリー全体が分ります。御注意下さい。
 ATTN: This review reveals the movie content. Please don't say that I didn't say !


【宋家の三姉妹 第14段落】  1937 年から日中戦争が始まる。戦争孤児の救援のため、三姉妹は行動を共にする。戦地を慰問する宋家の三姉妹の姿こそ、国共合作と抗日戦線の象徴だった。しかし、戦争が終わりに近づくにつれ、姉妹の別れの時が迫ってくるのだった。「政治の世界はもうたくさん」と、長女・靄齢は夫と共に商都・香港へ移り住むことに。兵士達を慰問した後、靄齢は妹たちとの別れを惜しみつつも、出発する。美齢に慶齢がこれからの身の振り方を話していたときに、日本軍の爆撃が始まる。

【宋家の三姉妹 第15段落】  1945 年、日本降伏。中国は再び内戦に突入。共産党が勝利する。国民党は台湾へ撤退し、大陸には共産党による中華人民共和国が建国された。 1949 年、蒋介石と美齢は国民党と共に台湾へ渡り、二度と大陸に戻ってくることはなかった。宋家の中で慶齢だけが大陸にとどまり、中国共産党のプロパガンダとしての役割を果たすことになる。思想を信じた慶齢だが、それが本当に彼女の幸せだったのだろうか。彼女の信じた孫文が異常に長生きだったら良かったのにと思う。その後家族が再会することはなかった。

【宋家の三姉妹 第16段落】  蒋介石に送られたチャーリーの形見の聖書を見る美齢。そこには、「革命とは愛である、愛もまた革命である」という言葉があぶり出された…。

【映画『 宋家の三姉妹 』の感想】
 三姉妹の人生があまりにも壮大であるため、 145 分では語りきれていないような気がした。感動の場面はいくつもあるが、そこに至るまでの経緯が時間的な都合で深く掘り下げることができていないので、感激が薄まったと思う。主に次女・慶齢と三女・美齢の人生が描かれていたが、普通の映画では一人の主人公であるのに、三人も主人公がいたら一人の密度が小さくなることは、仕方のないことだ。日本の資本が入っているからか、 20 世紀前半の中国を描いているにも拘らず、あまり日本軍が悪く描かれていなかったように思った。それとも、女性観客をターゲットにした作品らしいので、残虐性は排除したのだろうか。
 最後に、余談だが、映画「宋家の三姉妹」の「宋家」は「宗家」ではなく「宋家」と書く。幸も最初「宗家」と間違って入力した。インターネットではかなりの件数で「宗家の三姉妹」と誤植がある。「宋家」さんに失礼なので修正しておきたいものだ。

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以上。
<もっと詳しく>からスペースを含まず6524文字/文責:幸田幸

参考資料:「映画の森てんこ森」映画タイトル集
      IMDb
      allcinema ONLINE
      Nostalgia.com
      CinemaClock.com 
      @nifty CINEMA TOPICS ONLINE
      月刊「正論」
      『中央公論』スクランブル1985 年7月号
      梅屋庄吉伝―孫文と歩んだ 30 年
      孫中山記念館・移情閣
      Rotten Tomatoes
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■映画『 宋家の三姉妹 宋家皇朝 / THE SOONG SISTERS 』の更新記録
◆解説とネタばれ:2002/11/07アップ ◆俳優についてリンク更新:2003/10/06)
◆訃報:テキスト追記とリンク追加更新 2003/10/24
◆テキストとリンク一部およびファイル書式更新:2004/07/12
2003/12/12更新: ◆一部テキスト追記と書式変更および再登録
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