戦場のピアニスト
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戦場のピアニスト (2002)
THE PIANIST
 映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』を紹介します。

 映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』を以下に目次的に紹介する。
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』のポスター、予告編および映画データ
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の解説
 ネタばれをお好みでない方はこの解説をご覧下さい。
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の監督ロマン・ポランスキー
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の時代・第二次世界大戦関連映画
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』のあらすじ
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』のスタッフとキャスト
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の<もっと詳しく>
 <もっと詳しく>は映画『 戦場のピアニスト 』の「テキストによる映画の再現」レヴュー(あらすじとネタばれ)です。※ご注意:映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の内容やネタばれがお好みでない方は読まないで下さい。
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の感想
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の更新記録

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幸の鑑賞評価:9つ星 
■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』のポスター、予告編および映画データ
戦場のピアニスト
戦場のピアニスト フランス語版ポスター

戦場のピアニスト 英語版ポスター
Links:  Official Web Site
Official French Site
Trailers:  Quick Time(S)
Quick Time(M)
Quick Time(L)
上映時間 Runtime: 2:28
製作国 Country: フランス/ドイツ/ポーランド/イギリス
France/Germany/Poland/UK
製作会社 Production Company:
Agencja Produkcji Filmowej [pl], Canal+ Polska [pl]
Telewizja Polska (TVP) S.A. [pl]
Beverly Detroit [us], Interscope Communications [us]
FilmFernsehFonds Bayern [de], Studio Babelsberg [de]
Filmboard Berlin-Brandenburg (FBB) [de]
Filmforderungsanstalt (FFA) [de]
Heritage Films, Mainstream S.A., R.P. Productions
Le Studio Canal+ [fr], Studio Canal [fr]
Runteam Ltd. [uk], Meespierson Film CV [nl]
配給会社 Distributer: A-Film Distribution [nl]
Bac Films [fr]
Focus Features [us]
Studio Canal [fr]
United King Films [il]
初公開 Release Date:
France 24 May 2002 (Cannes Film Festival) (premiere)
France 25 September 2002
Germany 24 October 2002
Poland 6 September 2002 (premiere)
UK 24 January 2003
USA 3 January 2003
日本初公開 R. D. in Japan: 2003/02/15 予定
日本公開情報 : アミューズピクチャーズ
ジャンル Genre: ドラマ/戦争
Drama / War
MPAA Rating 指定: Rated R for violence and brief strong language
日本語公式サイト
http://www.pianist-movie.jp/pianist/
●スチルはnostalgia.com、予告編はcinemaclock.comより許諾をえて使用しています。
Filmography links and data courtesy of The Internet Movie Database & Nostalgia.com.
Filmography links and data courtesy of CinemaClock Canada Inc.
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■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の解説

 映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』は話題作だ。幸はこの映画『 戦場のピアニスト 』をMUST-SEE-MOVIEに推す。今まで多くのナチスのユダヤ人虐待についての作品はあったが、この映画『 戦場のピアニスト 』はいくつかの観点で見ごたえがある。是非『 戦場のピアニスト 』を観たい。
 映画『 戦場のピアニスト 』について書く前に、『 戦場のピアニスト 』のタイトルで感じる事は、ピアニストやピアノに関わる映画は良いドラマがあるように思う。確か「船上のピアニスト」というのはなかったっけ?えへへ。ウっソ!で〜す。(船上=戦場のシャレのつもり)『 海の上のピアニスト (1999) THE LEGEND OF 1900 』デス。それに、『 ピアニスト (2001) LA PIANISTE (原題) / THE PIANO TEACHER (英題) 』。そして『 ピアノ・レッスン (1993) THE PIANO 』もあった。

 映画『 戦場のピアニスト 』で、ロマン・ポランスキー監督は第55回カンヌ国際映画祭(FESTIVAL INTERNATIONAL DU FILM DE CANNES)の最優秀作品賞パルムドール(Palme d'Or)に輝いた。 2002 年 5 月 26 日夜(日本時間 27 日未明)である。カンヌ国際映画祭パルムドール授賞式には、最優秀作品賞のアナウンスが流れるや否や拍手が鳴り止まず、スタンディング・オヴェイションが 15 分も続いたらしい。会場から惜しみない賞賛と心からの祝福にポランスキー監督が泣いた。主演のエイドリアン・ブロディも泣き、会場は感動の涙に溢れたらしい。
 このカンヌの賞賛と祝福と感動が、時空を超えて竜巻のように遠心力を強めて、日本国中の観る者全ての心を席捲するだろう。
 また、第 37 回全米批評家協会賞では、最優秀作品賞=『戦場のピアニスト』、最優秀監督賞=ロマン・ポランスキー、最優秀主演男優賞=エイドリアン・ブロディ、最優秀脚本賞=ロナルド・ハーウッドの四冠を達成した。
 『 オーギュスタンの恋々風塵 (1999) AUGUSTIN ROI DU KUNG-FU (原題) / AUGUSTIN KING OF KUNG FU (米題) 』『 デュラス 愛の最終章 (2001) CET AMOUR-LA 』『 女はみんな生きている (2001) CHAOS 』『 シェフと素顔と、おいしい時間 (2002) DECALAGE HORAIRE(原題)/JET LAG(英題) 』『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』等のアラン・サルドも、『 戦場のピアニスト 』の製作を手掛けている。

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■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の監督ロマン・ポランスキー

 ロマン・ポランスキー(Roman Polanski)監督は、本名をロマン・リーブリング(Roman Liebling)といい、1933年8月18日パリで生まれた。第二次世界大戦(1939年9月1日勃発)の二年前にポ−ランドに移った。幼い頃、クラクフのゲットーで過ごし、父は助かったが、母を強制収容所で亡くした経験を持つ。彼自身はナチのユダヤ人迫害から逃げ回り生き延びた体験がある。

 これまでの彼は、「Quand les anges tombent」という作品でしか当時の体験をテキスト化していないらしい。(実際のところ私はこの作品については全く無知なのでどんな話かわからないが、タイトルは「天使が落ちるとき」とでも訳せるのか。)彼のユダヤ人狩り被害者の原体験はトラウマでもあるだろう。それを端的に示す話として、スティーヴン・スピルバーグから『 シンドラーのリスト (1993) SCHINDLER'S LIST 』の監督をオファーされたときも、彼の過ごしたクラクフのゲットーが舞台で彼の実体験と話があまりに似通っていたため、心の整理をつけることも吹っ切ることもできずに断っていたらしい。生き延びるためとはいえ、幼児期に経験するにはあまりに大きな貴痛と忍耐を強いたあの体験と向かい合う気持ちの準備ができていないと感じていたのだろうか。

 映画『 戦場のピアニスト 』の製作のきっかけは1989年パリでの『 ナインスゲート (1999) THE NINTH GATE 』のプレミア試写会の時、実在のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの実体験を綴った回想録に出会ったことらしい。戦火を奇跡的に生き延びたピアニストとその生還に関わった人々の姿を、過剰な演出を抑え、冷静に描いてある。ピアニスト作家と監督の二人の自己体験を被せ合い、全て起こった事を一コマ一コマ忠実に記録として綴っていった、ドキュメンタリーといっても過言ではないドラマかも知れない。

 映画『 戦場のピアニスト 』は、今まであったような、単なる、占領ドイツ軍ナチスと迫害されるユダヤ人との対峙する構図ではない。ドイツ軍にもユダヤ人を密かに助ける将校が存在し、またユダヤ人にも保身と延命のために狡猾な生活を余儀なくされ、時には進んで我が身をそこに投じた者もいたことを、感情移入しない歴史の目撃者の目で淡々と描いて見せる。だからこそ年齢構わず行う、身の毛もよだつ無差別殺人やワルシャワゲットー蜂起の残虐な映像が生々しく、観る者を恐怖のどん底に突き落とす。この映画『 戦場のピアニスト 』の冷静なポランスキー監督の映像作りこそが彼自身のトラウマと真正面から向き合い克服した証なのかも知れない。生き延びてこそ、狂気の時代の証言者としてのピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの奇跡の物語に、ポランスキーの人としての魂と尊厳を重畳して伝えているのかも知れない。

 因みに、ホロコースト内で600万人が殺害され、そのうち150万人が子供だった。またワルシャワのゲットー地区居住ユダヤ人30万人のうち、生き残ったのはたった20人だった。

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■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の時代・第二次世界大戦関連映画

 「映画の森てんこ森」ご訪問有難うございます。弊サイトでは本作『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』のように、第二次世界大戦を描いた映画も、解説やレヴューで幾つかご紹介しております。以下にその内 11 の映画を挙げさせていただきます。また、お立ち寄りください。

ボン・ヴォヤージュ (2003) BON VOYAGE 』 イザベル・アジャーニ主演
ストレンジ・ガーデン (仮題) (2003) EFFROYABLES JARDINS (原題) / STRANGE GARDENS (英題) 』 ジャック・ヴィルレ主演
エニグマ (2002) ENIGMA 』 ダグレイ・スコット主演
ウインドトーカーズ (2002) WINDTALKERS 』 ニコラス・ケイジ主演
パール・ハーバー (2001) PEARL HARBOR 』 ベン・アフレック主演
スターリングラード (2000) ENEMY AT THE GATES 』 ジュード・ロウ主演
マレーナ (2000) MALENA 』 モニカ・ベルッチ出演
シン・レッド・ライン (1998) THE THIN RED LINE 』 ショーン・ペン出演
ライフ・イズ・ビューティフル (1998) LA VITA E BELLA / LIFE IS BEAUTIFUL 』 ロベルト・ベニーニ主演
イングリッシュ・ペイシェント (1996) THE ENGLISH PATIENT 』 レイフ・ファインズ主演
カサブランカ (1942) CASABLANCA 』 ハンフリー・ボガート主演

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■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』のあらすじ

 さて、映画『 戦場のピアニスト 』の簡単なストーリーを紹介しよう。映画『 戦場のピアニスト 』の冒頭、ワルシャワのラジオ局で、人気ピアニストであるウワディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はショパンを演奏していた。そこにドイツ・ナチスがポーランドに侵攻してきた。
 爆破音。逃げ惑う人々。スタッフの合図と制止も聞かずシュピルマンはピアノを引き続ける。放送局が爆撃され、天井が落ちて瓦礫がピアノの上にも落ちて、ウワディクは額に怪我をしてやっと逃げる。1939年9月第二次世界大戦である。

 瞬く間にワルシャワの街はドイツ軍に占領された。
 ドイツ人の優性論に根ざした、ナチのユダヤ人に対する迫害が始まったのだ。街中のユダヤ人は、家や土地や財産は全て没収され、強制的にゲットー(ユダヤ人居住区)へ移住させられる。そしてみんなの腕にはユダヤ人の印として青い星の腕章を巻くのを強制させられる。

 シュピルマン家はピアノやヴァイオリンなどの楽器があり、裕福な家庭のようだ。六人家族で父母と四人の子供。長男がウワディクである。彼は静かで冷静である。

 このシュピルマン家も当然住み慣れた家を追われる。一家が散り散りバラバラになる。これからウワディクの苦しい生活が始まる。
 ゲットー内のカフェで、ピアノ弾きの職をうまく手にしたウワディクは、様々な迫害に遭う。
彼は追い詰められては逃げる。身を潜め、隠れてはひたすら耐える。これが彼のできる精一杯の戦いなのだ。
 そして何とか時をやり過ごす。抵抗するものもいた。しかし彼は決して抵抗しない。ただ逃げるだけだ。

 ナチのユダヤ人抹殺の大きな陰謀のもとに、大勢のユダヤ人が強制収容所へと列車で運ばれる。まるで屠殺のために大量の家畜が運ばれていくように、幸は恐ろしく感じた。家族と共に列車に乗り込もうとしていたウワディクは、ユダヤ人警察のヘラーによって、一群から引き出される。死を免れたウワディクだが、生き残るために、死ぬほど過酷な生を強いられるのことになる。

 ドイツ人将校の前でピアノを弾くウワディク。
 この場面はオリジナルポスターにもなってる名シーンだ。このページには、そのポスターを使用する許可を取り付けていないので仏・米の劇場用ポスターを掲示してある。それにしてもブロディーが吹き替えなしでピアノを弾いたとは驚きだ。主人公が渾身の思いで弾くショパンの曲は、激しくも悲しい。見せ場である。幸はエイドリアン・ブロディは、『 マリー・アントワネットの首飾り (2001) THE AFFAIR OF THE NECKLACE 』と『 シン・レッド・ライン (1998) THE THIN RED LINE 』でしか見たことがないが、この二本では彼は別人のように思える。それだけ演技派なのだろう。ゴールデン・グローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)にノミネートされたのも当然か。それに彼にはピアニストの才能があるのかも。約五分間にわたって言葉を絶するほど感動的に弾いて魅せる。ウルウル来る。また、脆弱で華奢なウワディクにきつい煉瓦運びから楽な仕事に回してくれる人の優しさに、我が身ながら幸も涙を流して感謝した。
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【『 戦場のピアニスト 』のスタッフとキャスト】
監督: ロマン・ポランスキー Roman Polanski (Directed by)
製作: ロベール・ベンムッサ Robert Benmussa (producer)
    ロマン・ポランスキー Roman Polanski (producer)
    アラン・サルド Alain Sarde (producer)
共同製作: ジーン・グトウスキー Gene Gutowski (co-producer)
製作総指揮: ティモシー・バーリル Timothy Burrill (executive producer)
    ルー・ライウィン Lew Rywin (executive producer)
    ヘニング・モルフェンター Henning Molfenter (executive producer)
原作: ウワディスワフ・シュピルマン Wladyslaw Szpilman (book)
脚本: ロナルド・ハーウッド Ronald Harwood (Written by)
    ロマン・ポランスキー Roman Polanski (Written by)
撮影: パヴェル・エデルマン Pawel Edelman (Cinematography by)
音楽: ヴォイチェフ・キラール Wojciech Kilar (Original Music by)
 
出演: エイドリアン・ブロディ Adrien Brody as Wladyslaw Szpilman ウワディスワフ・シュピルマン
    トーマス・クレッチマン Thomas Kretschmann as Captain Wilm Hosenfeld ヴィルム・ホーゼンフェルト大尉
    フランク・フィンレイ Frank Finlay as Father 父
    モーリン・リップマン Maureen Lipman as Mother母
    ジェシカ・ケイト・マイヤー Jessica Kate Meyer as Halina ハリーナ
    ジュリア・レイナー Julia Rayner as Regina レギーナ
    エド・ストッパード Ed Stoppard as Henryk ヘンリク
    エミリア・フォックス Emilia Fox as Dorota ドロタ
    ミハウ・ジェブロフスキー Michal Zebrowski as Jurek ユーレク
    ロイ・スマイルズ Roy Smiles as Itzak Heller イーツァク・ヘラー
    ポール・ブラッドリー Paul Bradley as Yehuda イェフーダ
    ダニエル・カルタジローン Daniel Caltagirone as Majorek マヨレク
    アンジェイ・ブルーメンフェルト Andrzej Blumenfeld as Benek ベネク
    ルース・プラット Ruth Platt as Janina ヤニナ
    ロナン・ヴィバート Ronan Vibert as Janina's Husband ヤニナの夫、アンジェイ
    クシシュトフ・ピェチンスキ Krzysztof Pieczynski as Gebczynski マレク・ゲンブチニスキ
    ヴァレンタイン・ペルカ Valentine Pelka as ドロタの夫、ミルカ
    アンドルー・ティアナン Andrew Tiernan as Szalas シャワス
    チェザリ・コシンスキ Cezary Kosinski as Lednicki レドニツキ
    ワーニャ・ミュエス Wanja Mues as SS Slapping Father 父を殴るナチス親衛隊将校
    トーマス・ラヴィンスキー Thomas Lawincky as Schutzpolizei 保安警察
    ヨアヒム・パウル・アスベック Joachim Paul Assböck as Schutzpolizei 保安警察
    ポペック Popeck as Rubenstein ルービンシュタイン

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<もっと詳しく>

ストーリー展開の前知識やネタばれがお好みでない方は、読まないで下さい。
【戦場のピアニスト 序】  映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』のファイルは、上の解説だけにしようかなと思っていたけど、偶然TVでウワディスワフ・シュピルマン氏の息子さんを見かけたことで、<もっと詳しく>のレヴューを書く気になった。そのTV番組とは、私の父が大好きな「なんでも鑑定団」(テレビ東京 2003 年 2 月 11 日放送<私が観たのはその再放送>)。シュピルマン氏のご長男で、日本の大学で日本近代思想史を教えていらっしゃるクリストファー・スピルマン(シュピルマンと表記しないのは、映画が公開される以前から、日本でスピルマンという苗字でご活躍されてきたから) Christopher W.A. Szpilman 氏が、生前のお父様に頂いたというIWC(インターナショナルウオッチカンパニー: 1868 年創業のスイス時計名門ブランド)の腕時計の鑑定のためにTV出演していらしたのだ。出演当時、来日 27 年目のクリストファーさんは、さすが大学の先生で、敬語もしっかりお使いになる程、日本語がご堪能で、身のこなしもなんとなく日本人的。遠い異国のポーランドの偉大なピアニストのご子息が日本にいらっしゃるなんて、何だか驚いたし、日本人として嬉しい気がした。

 映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の中で、主人公ウワディク(以後、敬称を省く)が食べ物のために愛用の腕時計を手放すシーンがある。そういう経験もあって、戦後、ウワディクは時計を収集するようになったそうだ。TV出演した腕時計の本人評価額は控えめな \10,000 だったが、映画『 戦場のピアニス 』がヒットすれば付加価値は上がるというコメント付きで、\500,000 の値が付いた。映画はしっかりヒットしたので、今はもっと高くなっているだろうな。因みにクリストファー・スピルマンは、日本語で「シュピルマンの時計」(小学館)という本を出版していて、息子の目から見たウワディスワフ・シュピルマンを描いている。たぶん本の表紙にある腕時計は、TVで鑑定してもらったIWCの腕時計だろう。ウワディスワフ著の「戦場のピアニスト」(春秋社)とクリストファー著の「シュピルマンの時計」を読めば、もっと映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』を理解することができると思う。また、図書館で借りて読みたいな。

 では、映画レヴューを・・・

【戦場のピアニスト 第01段落】  1939 年 9月 23 日、ワルシャワ Warsaw, Poland 。ポーランドの国営ラジオ局のレコーディングブースで、ポーランド屈指のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ:『 ヴィレッジ (2004) THE VILLAGE 』等)がショパンの♪夜想曲〔ノクターン〕 第20番 嬰ハ短調♪を演奏している。外では、ドイツ軍侵攻による爆撃音。建物も揺れる。スタジオにいるスタッフがウワディク〔ウワディスワフの愛称〕に逃げるように指示するが、ウワディクはスタッフたちがいなくなっても演奏を止めようとはしない。しかし、爆風でスタジオの窓ガラスも、レコーディングブースのガラスも吹き飛んでしまい、額に怪我を負ったウワディクはやっと逃げる。人々が逃げ急ぐラジオ局の階段で、ウワディクは自分のファンだという美しい女性ドロタ(エミリア・フォックス)と出会う。ドロタは、ラジオ局員ユーレク(ミハウ・ジェブロフスキー)の妹。ウワディクは、彼女に心奪われた。

【戦場のピアニスト 第02段落】  ウワディクの家でも、家族は町を出る用意で混乱している。その中でもウワディクは冷静だ。ウワディクの家族は、ヴァイオリンを愛する父親(フランク・フィンレイ:『 オセロ (1965) OTHELLO 』のイアーゴ役で1966年アカデミー助演男優賞ノミネート)を長とする、結束の固い、知的なユダヤ人家庭。父、母(モーリン・リップマン)、姉ハリーナ(ジェシカ・ケイト・マイヤー)、姉もしくは妹のレギーナ(ジュリア・レイナー)、ウワディク、弟ヘンリクの6人家族。皮肉屋の弟ヘンリク(エド・ストッパード)が、慌てる家族をよそに必死でラジオのチューナーを合わせていると、イギリスとフランスのドイツへの宣戦布告がラジオから伝えられた。もうポーランドは孤立していないと、ウワディクたち家族は喜び抱き合った。その晩、母親が作ったご馳走を囲み、戦況が良くなると希望を持って、ウワディクたち家族は乾杯するのだが…。

【戦場のピアニスト 第03段落】  1939 年 9月 27 日、ワルシャワ陥落。列を組んで町を行進するドイツ兵をうらめしく見つめるウワディクたち。ナチス・ドイツによるユダヤ人差別の政策が次々と実施されていく。ユダヤ人家庭一世帯の現金所有が 2000 ズロチ〔ズウォティ、2002 年 4 月で 1 ズウォティ≒ 32.2 円だから、現在だと約 64,400 円だけど、昔はどうだったのか分からない〕に制限されたり、ユダヤ民族を象徴する印であるダビデの星の腕章を右腕に付けるのを義務付けられたり、挙句の果てにはユダヤ人居住区が設けられたりした。ウワディクは、ユーレクを通じてドロタをデートに誘うが、“ユダヤ人お断り”でカフェにも入れない。ユダヤ人ではないドロタは、喫茶店に抗議すると怒ったが、ウワディクは止めた。ユダヤ人はベンチにも座れないし、公園にも入れないことをジョークにしてしまう、心の広いウワディクに、ドロタはもっと心惹かれる。ドロタは音楽学校を出たばかりのチェロの演奏家。忌まわしい戦争がなければ、ウワディクの願い通り、いつか温かい家庭の中でドロタの演奏姿が見られたはずだったのに…。

【戦場のピアニスト 第04段落】  ジャガイモの買出しに歩道を歩いていた年老いた父親は、頭を下げなかったとナチス親衛隊将校(ワーニャ・ミュエス:『 ボーン・アイデンティティー/殺戮のオデッセイ (2004) THE BOURNE SUPREMACY 』等)に殴り飛ばされ、溝を歩けと命令される。 20 ズロチしかお金が残っていないと泣く母の姿に、ウワディクはベヒシュタイン C.Bechstein 〔 1853 年創業の、ドイツが世界に誇るピアノメーカー〕のピアノを手放すことに。足元を見る業者に、たったの 2000 ズロチでピアノは売られた。現在、日本でベヒシュタインのコンパクトサイズのグランドピアノが 675 万円するそうだから、破格に安い!ヘンリクが業者に殴りかかろうとしたのも無理はない。

【戦場のピアニスト 第05段落】  居住区へと移る大勢のユダヤ人たちが、家財道具などの荷物を持って通りを歩いている。その中にはシュピルマン一家の姿もある。ウワディクは、歩道からそんなユダヤ人たちを悲しげに眺めるドロタを見つけた。ウワディクは嬉しそうにドロタに声をかけに行くが、彼女は悲しげだ。彼女のいとこが捕まったそうだ。このような迫害を受けるポーランドの名ピアニストの姿を見たくなかったが、ドロタはウワディクに会いたかった。時間がないウワディクは、すぐにまた会おうと言って名残惜しそうにドロタと別れた。ドロタは、ウワディクが消えていったユダヤ人で混み合う通りを眺めながら、愚かしいナチスの行為に対して静かに涙を流した。ウワディクは“すぐに”ドロタに会うことはできなかった。なぜならユダヤ人居住区〔ゲットー ghetto 〕の周りには、レンガの壁が高く築かれ、 1940 年 11 月 14 日には完全に封鎖されてしまったからだ。

【戦場のピアニスト 第06段落】  オフィシャルサイトにある地図から察するに、だいたい 5 kuくらいの面積を持つ〔全くの見当違いだったらスミマセン〕ワルシャワ・ゲットー the Warsaw Ghetto には、およそ 40 万人のユダヤ人が暮らしていた。 5.20 kuの大阪市西区の総人口が 69,314 人〔平成 16 年 3 月 1 日〕だから、ゲットーの人口密度が異常に高かったことが分かる。人々が犇(ひしめ)く通りでは、死体が転がっていても誰もが無関心だ。気の狂った年配の女性がウワディクに夫を知らないかと尋ねる。人間の尊厳のない劣悪な世界では、心を無くさなければ、人は生きていけないのかもしれない。ウワディクとヘンリクの兄弟は、本を売って生活費にしようとするが、空腹の人々からの需要はめったにない。

【戦場のピアニスト 第07段落】  ワルシャワ・ゲットーは、大ゲットーと小ゲットーの二つの地区に分かれていた。その間には、線路がひかれているので、ドイツ兵の管理の下、スチールフェンスの門が開閉される。列車が線路を通る間は門が閉じられ、通行のユダヤ人たちは空腹を堪えて長い間ずっと待ち続けなければならなかった。門が開くまでの間、ドイツ兵はそんな疲れ果てたユダヤ人たちにダンスを強要して、虐め、からかった。しかし、暫くするとそのような不便は改善され、線路の上に橋が作られた。北にある大ゲットーには人口の大多数が、南にある小ゲットーには裕福な人々が暮らしていた。ユダヤ人の中には、ドイツ兵に取入るなどして、お金を稼ぐ者がいた。ドイツ人が組織した、ユダヤ人警察という、ユダヤ人がユダヤ人を取り締まる組織もあったのだ。ユダヤ人警察の有力者、ヘラー(ロイ・スマイルズ)が、ゲットーでは貴重なパンを持って、警察へのリクルートの為にシュピルマン家の部屋へとやって来た。ヘンリクは警察に、また、ウワディクも警察のジャズバンドに誘いを受けるが、兄弟はキッパリ断った。

【戦場のピアニスト 第08段落】  しかし、貧窮する家計を助けなければならないので、ウワディクは小ゲットーのレストランでピアノを弾くことにした。ポーランドの国営ラジオ局の名ピアニストが、食事やおしゃべりに夢中になっている人々の中でショパンの♪ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11 第1楽章♪を弾くのだ。お客から演奏をやめて欲しいと頼まれることもあるし、女性から誘惑の視線を投げかけられることもあった。ウワディクはユダヤ人の地下運動に参加しようと、社会主義者の運動家イェフーダ(ポール・ブラッドリー)を訪ねる。イェフーダはユダヤ人の蜂起を促すために、新聞を隠れて発行しているのだ。彼の部屋では子供たちが新聞印刷に勤しんでいる。イェフーダは、顔を知られすぎているとウワディクの申し出を断った。ウワディクはイェフーダの部屋で以前は優秀な軍人だったという地下運動家マヨレク(ダニエル・カルタジローン:『 サハラに舞う羽根 (2002) THE FOUR FEATHERS 』『 トゥームレイダー2 (2003) LARA CROFT TOMB RAIDER: THE CRADLE OF LIFE 』等)と出会った。

【戦場のピアニスト 第09段落】  イェフーダの部屋からの帰り、外出禁止時刻がせまり、人影が少なくなる通りを歩くウワディクは、ゲットーと外とを仕切る高い塀の向こうから、食料と思しき包みが投げ入れられるのを見た。女性たちがそれらをキャッチして路地へと消えていくと、塀の下の隙間から、幼い子供がゲットー内へと入ってくる。一人はうまく入って来れたが、後から続いたもう一人の子供は、外のドイツ兵の手にかかってしまった。その子供は、上半身だけゲットー内に入れたまま、苦痛に叫んだ。きっと外に出たままの下半身はドイツ兵に殴打されているのだろう。ウワディクは必死になってその子供を隙間から引き出すが、すでに死んでしまっていた。ウワディクは、その子をそこへ置いたまま、何ともいえない気持ちになってトボトボと家に帰った。

【戦場のピアニスト 第10段落】  悲惨な現状に対するストレスで、シュピルマン家の食卓でもウワディクとヘンリクが言い争う。それを遮るように、外でドイツ兵のジープの音がした。通りに面したアパートの各部屋から明かりが次々に消える。シュピルマン家の部屋から、ちょうど通りをはさんだ向かいのアパートの一室の明かりがついた。ドイツ兵たちが、食卓に付いているユダヤ人家族を取り囲んでいるのが、シュピルマン家の部屋から見える。一人のドイツ兵が、その家族に立ち上がるように命令した。しかし、車椅子の老人は席を立つことができない。するとドイツ兵たちは車椅子ごと老人を持ち上げると、 4 階にあるその部屋のベランダから投げ捨てた。その残酷な光景に、ウワディクの母は思わず叫び声を上げた。外に連れ出されたその一家は、通りを走って逃げるように命令されたようだ。ドイツ兵たちはまるで狩猟の的のように走る彼らを一人残らず撃ち殺した。

【戦場のピアニスト 第11段落】  レストランでピアノを弾くウワディクのもとに、血相を変えたハリーナがやって来た。ヘンリクがユダヤ人警察に捕まったというのだ。ウワディクは急いでユダヤ人警察へと向かい、ヘラーにおべっかを言って、ヘンリクを助けてくれるように頼んだ。ヘンリクが警察から解放されるのを待っている間、ウワディクは町の人々に目をやった。孤児たちと通りを歩く老人がおどけてドイツ兵からタバコを貰っている。この老人は、もしかして孤児たちと命を共にしたコルチャック先生 Janusz Korczak ( 1878-1942 )がモデルなのかなぁと思った。実際にウワディクは、トレブリンカ収容所へ送られるコルチャック先生と孤児たちを目撃したそうだ。別の老人が、大切そうに食糧を入れた容器を持って歩いている老女を襲った。容器は地面に落ちて、中に入っていた雑炊のような食べ物が全部こぼれた。老人は地面に這いつくばってその食べ物を口に入れ、老女は泣きながら彼を無力に叩いた。

【戦場のピアニスト 第12段落】  ユダヤ人警察の入り口扉から、ヘンリクが投げ出されるように出てきた。ヘラーは賄賂を受け取らずに、ウワディクの願いを聞き入れてくれた。ウワディクに対し、俺のことはほっといてくれと怒っていたヘンリクは、大ゲットーと小ゲットーを結ぶ橋を上がっている時、空腹の余り倒れ込んでしまった。ウワディクはヘンリクを自分の勤めるレストランに連れて行き、ご飯を食べさせた。ヘンリクがユダヤ人警察に捕まったのは、どうやらゲットー内に広まってきている噂と関係があるようだ。ドイツ人のために働いているという雇用証明書のない者は、東部の労働収容所へ送られるのだと、ご飯をかき込みながらヘンリクは話した。オフィシャルサイトによると、1942 年 5 月ごろ、トレブリンカ収容所のガス室と火葬炉をテストするために、ゲットー内で人間狩が頻繁に行われたと書いてあるので、たぶんヘンリクもテスト要員としてハンティングされたのだろうと思った〔ちょっと時期は早いけど〕。

【戦場のピアニスト 第13段落】  ウワディクは家族の雇用証明書の取得に奔走したが、父親のものはどうしても取れなかった。ところが、偶然、橋の上で会ったイェフーダとマヨレクのお蔭でどうにかなることになった。マヨレクが、縫製工場のシュルツに、ウワディクの父親の雇用証明書を発行してくれるように頼んでくれたのだ。翌日、縫製工場で、有り難く雇用証明書を受け取るウワディクの父に、シュルツは言った。「お安いごようだ。どうせ役に立たん。」

【戦場のピアニスト 第14段落】  1942 年 3 月 15 日。シュピルマン一家は大勢のユダヤ人と共に橋を渡り、ゲットー内の収容所のような場所へ移動させられた。移動の様子をドイツ兵がカメラに記録している。倉庫のようなところに、ユダヤ人たちが自分たちの荷物を分別して置いていく。荷物の没収にもナチスはぬかりないなぁと思った。ウワディクの父親は不幸な状況に置かれても、家族を励ますためにいつもポジティブな発言をするが、その希望はナチスの酷い政策によっていつも打ち消されてしまう。就寝前、家族が一緒でよかったと父親が話していると、別の部屋から女性の叫び声が聞こえてきた。シュピルマン一家のいる部屋にもドイツ兵がいきなり入ってきて、部屋にいるユダヤ人全員に中庭に出るように命令した。ユダヤ人たちは、夜の中庭に一列に並ばされた。ドイツ兵が選んだ者は前に出なければならない。シュピルマン一家からはヘンリクとハリーナが選ばれた。ドイツ兵は、選ばれなかった残りのユダヤ人たちに着替えて中庭に集まるように命令、各自の荷物は 15 キロまでと指示した。「どこへ行くんですか?」と尋ねたユダヤ人女性は、無言のドイツ兵によって即座に銃で頭を撃ちぬかれた。

【戦場のピアニスト 第14段落】  太陽が照る中、父と母、レギーナ、ウワディクが、他のユダヤ人たちと一緒に集められた、塀で囲まれた広場には、撃ち殺されたユダヤ人たちの死体が転がっている。レギーナがドイツ兵にどこへ行くのか尋ねると、「労働奉仕に行く。ゲットーよりいい所だ。」という答えが返ってきた。ユダヤ人たちはこれから自分たちがどこへ、何をしに連れて行かれるのか誰も知らない。労働をしに行くのだという者もあれば、殺されるという者もいる。負傷者、老人、子供が目に付く中、労働奉仕なんてあり得るだろうか?新たなユダヤ人の一行が広場にたどり着いた。その中にはハリーナとヘンリクもいた。シュピルマン一家は家族の再会を喜び抱き合った。

【戦場のピアニスト 第15段落】  待たされている間、シュピルマン一家の近くにいる壁際の女性が「私はどうしてあんなことをしてしまったの?」と繰り返し言いながら泣き続けている。一体何をしたって言うのかと、彼女の言葉はその理由を知らない人たちをイライラさせる。その女性は、ドイツ兵から身を隠すため、泣く赤ん坊の口をふさいで、窒息死させてしまったそうだ。しかし、結局捕まって今ここにいるのだ。少年がキャラメルを 1 個 20 ズロチで売り歩いている。稼いだお金をどうするのだろうと訝(いぶか)しがりながら、シュピルマン一家はキャラメルを 1 個買った。父親がヴァイオリンの箱の上でそのキャラメルを 6 等分し、それぞれに分け与えた。父親がキャラメルを口に入れると、他の家族もそれを食べた。

【戦場のピアニスト 第16段落】  その時がやって来た。貨物列車にユダヤ人たちが詰め込まれていく。列車へと向かう列の中で、ウワディクはハリーナに言った。
ウワディク: I know this is an awkward time to say this, but I wish I knew you better. (こんな時に言うのは変だけど、もっとハリーナのことをよく知っておけばよかったのにって思うよ。)
ハリーナ: Thank you.(ありがとう。)

【戦場のピアニスト 第17段落】  ユダヤ人警察が見張る中、次々とユダヤ人が貨車に入れられていく。ヘラーがウワディクをユダヤ人の一群から引き抜き、逃げるように言った。急にいなくなったウワディクを探す父親の声がするが、ウワディクは自分の状況を父親たちに伝えることができない。貨車に乗るとき、父親はドイツ兵に愛用のヴァイオリンを奪われた。死体を運ぶ労働者の振りをして、ウワディクが駅から立ち去る時、ドイツ兵が動き出す列車を見ながら「二度と帰れぬ旅に出発だ。」と話しているのを聞いた。オフィシャルサイトによると、 1942 年 8 月 16 日の出来事だった。

【戦場のピアニスト 第18段落】  ウワディクは、誰もいなくなったゲットーの中を泣きながら歩いた。地下運動家のイェフーダの家を訪ねるが、イェフーダは子供たち諸共殺されていた。勤めていたレストランへ行っても誰もいない。と、思っていたら、ピアノの舞台の下からウワディクを呼ぶ声がした。レストランの支配人のベネク(アンジェイ・ブルーメンフェルト)が狭い舞台の下に潜んでいたのだ。ウワディクもベネクと一緒にその狭い舞台下に入り、身を隠す。

【戦場のピアニスト 第19段落】  事態が収拾し、ウワディクはユダヤ人労働者として働くため、 2 年ぶりにゲットーの外に出た。沢山の市が出ているジェラズナ・ブラーマ広場は、活気よく見える。そこでレンガ塀を作っている時、ウワディクは昔の友人ヤニナ(ルース・プラット)を見かけた。ウワディクは懐かしい気持ちでいっぱいになった。ヤニナは歌手で、夫のアンジェイは役者だ。話しかけたかったが、ヤニナは人混みに消えてしまった。仕事が終わったユダヤ人労働者たちは、列を作って宿舎に戻る。その途中、ドイツ兵は労働者の中から何人か選んで、通りにうつむけに寝かせた。そして有無を言わさず銃で頭を打ち抜いていった。レストランの支配人だったベネクも殺された。

【戦場のピアニスト 第20段落】  ウワディクの労働現場が変わった。ウワディクはビルの建築現場でレンガ運びを担当することになった。労働はかなりきつかったが、良い事もあった。マヨレクが同じ現場で働いていたのだ。地下運動家のマヨレクは、ナチス・ドイツがユダヤ人を絶滅させようとしていることをウワディクに教えてくれた。ワルシャワから収容所のあるトレブリンカへと、大勢のユダヤ人たちが列車で運ばれるが、食料はトレブリンカに送られてはいないし、民間人がトレブリンカ駅へ近づくことは禁止されている。状況から察するに、ユダヤ人はトレブリンカで皆殺しになっているのだ。ワルシャワに 50 万人いたユダヤ人は、 6 万人しか残っていない。しかし、マヨレクは主に若者で構成されているその 6 万人で蜂起を決行しようと考えていた。ウワディクは自分も手伝うとマヨレクに言った。

【戦場のピアニスト 第21段落】  戦闘機が空を飛ぶのに気を取られたウワディクは、背中に積んだレンガを地面に落としてしまう。それで、ドイツ兵に何発も鞭打たれ、気を失ってしまった。ピアノ弾きにレンガ運びは無理だと言う、他の労働者たちの優しさのお蔭で、ウワディクは楽な仕事である倉庫の出納係りに変わることができた。そんな時、ユダヤ人の間に“移送される”という噂が広がるのを懸念したナチス・ドイツが、ユダヤ人労働者に“アメ”を与えるため、労働者のうち一人が町に出て 3 キロ分のパンやポテトを買ってもいいことにした。マヨレクが買い出しに行き、出納係りのウワディクがその荷を受ける。その荷物の中には、ユダヤ人蜂起のための武器も紛れ込んでいる。仕事が終わって列を組みながら宿舎へ帰る途中、ゲットーの塀の横を通る時、マヨレクとウワディクは手に入れた武器をゲットー内に投げ入れる。

【戦場のピアニスト 第22段落】  宿舎でユダヤ人労働者たちが寝静まった後、ウワディクはマヨレクのところへこっそりと近寄った。ウワディクはマヨレクに逃げたいと話した。その為に、夏にジェラズナ広場で見かけたヤニナが、まだその近辺に住んでいるかということと、ヤニナと夫のアンジェイが自分を匿ってくれるかどうかということを調べてくれるようにマヨレクに頼んだ。マヨレクは無言でウワディクが差し出したヤニナ夫妻の住所と名前が書かれた紙を受け取った。

【戦場のピアニスト 第23段落】  建築現場の倉庫でウワディクがマヨレクから受け取った荷物を取り出そうとしていたとき、絆創膏はないかとドイツ兵が突然入ってきた。彼はウワディクに袋を開けるように命令。ウワディクがポテトとパンしか入ってないと言った袋に、別の穀物が入っているのを見つけたドイツ兵は、今度ごまかしたら撃ち殺してやるといって、外へ出て行った。ウワディクは袋の中に隠してあった武器を急いで取り出した。

【戦場のピアニスト 第23段落】  仕事帰りの行進中に、マヨレクはウワディクにヤニナは住所を変えていないので、すぐにでも逃げるようにと伝えた。その日は大晦日でナチス親衛隊将校はお酒を飲んでハイだった。ユダヤ人労働者たちに陽気な歌を歌うように命令した。マヨレクの声で始まった歌は、勇ましい内容の愛国歌。ユダヤ人労働者たちは声を合わせて愛国歌を歌いながら進んだ。映画の中では英語で歌われていたけど、たぶん実際はポーランド語で歌われただろうから、ドイツ人には何を歌っているのか分からなかったのだろうか?それとも大晦日だったから特別を許したのだろうか?

【戦場のピアニスト 第24段落】  ダビデの星の腕章を外したウワディクは、ポーランド人労働者にまぎれて建築現場の外に出た。暗くなり、ワルシャワの町に人気がなくなると、ウワディクは通りを一人で歩く女性の後を追った。彼女がヤニナだ。アパートの階段でウワディクとヤニナは再会を喜び抱き合った。ウワディクは汚い姿を恥じたが、ヤニナは気にしなかった。ヤニナの部屋に入ると、彼女の夫アンジェイ(ロナン・ヴィバート:『 トゥームレイダー2 (2003) LARA CROFT TOMB RAIDER: THE CRADLE OF LIFE 』等)もウワディクを迎え、2人は抱き合った。ウワディクはここで久しぶりにお風呂に入って髭を剃り、まともな食事をした。アンジェイもヤニナも緊迫していた。ユダヤ人を匿った者も厳罰に処されるからだ。幸せな時間は長くは続かず、ウワディクはすぐに別の場所に移動しなければならない。そしてまた明日は別の場所に移動だ。アンジェイの服に着替えたウワディクは、彼と一緒にマレクという男の家へと向かった。オフィシャルサイトによると、ウワディクがヤニナたちに救われたのは、1943 年 2 月 13 日のことらしい。

【戦場のピアニスト 第25段落】  マレク(クシシュトフ・ピェチンスキ)は、ヤニナたちと共にポーランドのレジスタンス活動している人物のようだ。マレクの部屋の地下室には、戸棚があって、その後ろが秘密のスペースになっており、そこにはポーランド人による蜂起のための武器が隠されている。ウワディクはその寝転ぶことなどできない小さなスペースで明日の午後まで過ごさなければならなかった。翌日、ウワディクはマレクと一緒にゲットーの壁近くのアパートへと向かった。路面電車に乗る時、マレクはウワディクにわざとドイツ人の席の近くへ行くように指示した。路面電車内でもドイツ人は優遇されていて、ゆったりとした座席が確保されていた。

【戦場のピアニスト 第26段落】  ウワディクが隠れ住む部屋からは、ゲットーがよく見えた。逃げても過酷な現実に、ウワディクはまだゲットーの中にいるような気がした。マレクは、ヤニナが週に二度食事を届けてくれることなどを話し、緊急の時に頼りにする人の住所を書いた紙をウワディクに渡すと、部屋を出て行った。ウワディクは住所の書かれた紙を靴の中敷の下に入れた。ソファで横になると、隣の部屋から夫婦の話し声が聞こえてきた。隣の奥さんはピアノを弾くようで、ウワディクは久々に聞くピアノの音色と、生活感のある会話に心惹かれ、壁の近くに行って耳をそばだてた。ところがウワディクは外の爆撃音にハッとする。

【戦場のピアニスト 第27段落】  1943 年 4 月 19 日。ゲットーの方から煙が見える。ワルシャワ・ゲットー蜂起 the Warsaw Ghetto Uprising が起こったのだ。ウワディクは部屋の窓から蜂起の一部始終を見続けた。ドイツ軍の大砲でゲットーの壁に穴が空けられたところ、燃え上がるゲットーのアパートから熱さに耐え切れない人々が飛び降りるところ、 1943 年 5 月 16 日にゲットーが陥落し、最後まで戦った人々が撃ち殺されるところを…。自分もゲットーに残って一緒に戦うべきだったのかもしれない。しかし、こんな犠牲を払っても何も変わらない。ゲットー蜂起は無駄だったんじゃないか…。食料を届けに部屋にやって来たヤニナに、ウワディクは自分の思いを告げると、彼女は言った。「…彼らは誇り高く死んだ。だからこそ次は私たちポーランド人が立ち上がる。」

【戦場のピアニスト 第28段落】  ゲシュタポ〔 1933 年に組織されたナチス・ドイツの秘密国家警察〕にマレクの武器が見つかり、ヤニナたちも捕まった。そのことを伝えに来たマレクは、ウワディクに逃げるように言ったが、ウワディクは拒否した。そんなウワディクに、マレクは生きたまま奴らに捕まるなと忠告し、自らもそうなった場合は毒を飲んで死ぬと話した。2人は握手を交わして別れた。ナチス・ドイツの車の音!ウワディクはマレクの忠告通りに部屋に彼らが入ってきた時は窓から飛び降りようと、窓の下に椅子を置いた。しかし、ゲシュタポはウワディクの部屋には現れなかった。たぶんマレクとその仲間を捕まえて去って行ったと思う。

【戦場のピアニスト 第29段落】  もうウワディクの部屋に食料を届ける人はいない。空腹すぎるウワディクは食べ物を探そうと台所の戸棚を空けて探したが、その時、お皿を何枚も割ってしまう。大きな物音で、隣の女性に部屋に住んでいることに気付かれてしまった。隣の女性はウワディクの部屋をノックし、ドアを開けないと警察を呼ぶと叫んだ。ウワディクが紙袋にその辺の物を入れてドアの外に出ると、隣の女性はウワディクに身分証明書を見せるように迫った。そんな物を持っているはずがない。ウワディクは一目散に階段を下りて逃げた。

【戦場のピアニスト 第30段落】  ワルシャワの町にハラハラと雪が舞っている。空腹にポーランドの寒さはキツイ。『 イザベル・アジャーニの惑い (2002) ADOLPHE 』でも思ったけど、ポーランドってかなり寒そう。ウワディクはかじかんだ手で靴から緊急時用の住所が書かれた紙を取り出し、その場所へと向かった。アパートの一室のドアベルを鳴らし、ウワディクがマレクの紹介だと伝えると、ドアは開いた。驚いたことにドアを向こうに立っていた女性は、ドロタだった。しかも彼女は妊娠している。ドロタもやつれたウワディクとの突然の再会に驚いているようだ。ドロタが一年前に結婚したこと、兄ユーレクが亡くなった事、出産予定日がクリスマスであることを話していると、彼女の夫ミカル(ヴァレンタイン・ペルカ:『 トスカーナの休日 (2003) UNDER THE TUSCAN SUN 』等)が帰宅した。ミカルはウワディクの状況を把握しているようだった。空腹のウワディクは意識が遠くなり、ためらいながら、パンをいただけませんかと言った。

【戦場のピアニスト 第31段落】  ソファーで寝ていたウワディクは、J.S.バッハの♪プレリュード 無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007♪を奏でるチェロの音で目覚めた。隣の部屋でドロタが演奏しているのだ。ウワディクは、ドアの間からチェロを弾くドロタの姿を見つめた。もしあのまま何もなければ、彼女と結婚し、毎日この幸せな光景を眺めることができたかもしれないのに…。ウワディクの表情は悲しげだ。

【戦場のピアニスト 第32段落】  次の隠れ家は、ドイツ陣営の真ん中にあるアパートの一室だ。部屋の窓の正面にはロシア戦線の負傷者ばかりが入院している病院があり、その隣は都市防衛警察だ。ミカル曰く、だからこそここが一番安全らしい。ミカルはウワディクにできるだけ音を立てないようにと忠告して部屋を出て行った。その部屋にはピアノがあった。ウワディクはピアノの鍵盤を叩く振りをしながら、頭の中で音楽を奏でた。別の日、ミカルは、ウワディクの世話をしてくれるというシャワス(アンドルー・ティアナン)という地下運動家を連れてきた。シャワスは以前ポーランド国営ラジオ局で技術者として働いていたらしいが、ウワディクは覚えていなかった。シャワスは調子のいい男のようだ。連合軍はドイツを爆撃し、ソ連軍も侵攻しているので、終わりは近いと、シャワス持参のウォッカで3人は乾杯した。

【戦場のピアニスト 第33段落】  向かいの病院には、ロシア戦線からの負傷兵が頻繁に送られるようになった。頻繁にウワディクのアパートを訪れると話していたシャワスは、めったに来なかった。「まだ生きてますね。」と、 2 週間ぶりにシャワスが部屋に食料を持って来た時には、ウワディクは、一層痩せ、髪も髭も伸び、黄疸がでていた。めったに来られない理由は、お金がないので、何かを売らないと食料を手に入れることができないからだと話すシャワスに、ウワディクは愛用の腕時計を渡した。するとシャワスはまた調子がよくなり、連合軍がフランスに上陸したので終わりは近いと明るく話し、帰っていった。

【戦場のピアニスト 第34段落】  実家に疎開をするドロタとミカルが別れを言いにウワディクの部屋を訪れた時、ウワディクはベッドでこん睡状態だった。子供を産み、以前のようにスリムなスタイルになっているドロタとミカルは、シャワスの裏切りを知った。シャワスはウワディクの名前を使ってお金を貯め込んだくせに、ウワディクに食料さえ与えていなかったのだ。医者を呼ぶことは難しいが、ドロタとミカルは子供のことでお世話になっている小児科医にウワディクを診てもらう事にした。医師は、ウワディクの肝臓が肥大し、胆嚢が炎症を起こしているが助かると診断した。

【戦場のピアニスト 第35段落】  1944 年 8 月 1 日。ワルシャワ蜂起 the Warsaw Uprising が起こる。銃声が鳴り響く夜、衰弱してベッドに横たわっているウワディクの指はピアノを弾いているように微かに動いている。

【戦場のピアニスト 第36段落】  ウワディクの住むアパートもドイツ軍の標的になった。外が騒がしくなり、住民が逃げるように言い合っている。ウワディクも部屋から出ようとするが、外から鍵がかけられ出られない。ドイツ軍の戦車から大砲が撃ち込まれた。壁に大きな穴が開いたので、ウワディクはそこから部屋の外に出た。大砲の大きな音のせいで、キーンという耳鳴りが聞こえる。ウワディクは階段を上がっていき、屋根の上に隠れた。マスクを被ったドイツ兵がライフル銃を持って、屋根裏部屋を歩いているし、別の建物の屋根からはウワディクに向かって銃が発砲される。ウワディクは屋根から滑り落ちて、下の階のベランダに着地。階段を駆け下りて逃げるが、ろくに食べていないので、機敏に動けない。通りには沢山の死体が転がっていて、ウワディクは死んだ振りをしてドイツ兵の目をごまかした。部屋から射殺されるのを見た、体を折りたたんだ格好で死んでいる女性の横を通り、ウワディクは誰もいなくなった病院に入った。

【戦場のピアニスト 第37段落】  病院の消火用の水を飲み、台所で食べ物を漁った。心の中でピアノを奏で、ウワディクは病院の中で何とか生きた。トイレの割れた窓ガラスから通りの様子を窺うと、ドイツ兵たちがバーナーで町を焼いているのが見えた。自分のいるトイレの窓に向かってバーナーの炎が向けられる直前に、ウワディクは逃げた。病院の裏庭に面した窓から飛び降りたが、弱っているので、着地の衝撃が足に響く。ウワディクが壁を這い上がって、病院の敷地から外に出ると、そこには廃墟となったワルシャワの町が広がっていた。ウワディクは崩壊した建物から食べ物を探し出そうとするが、中々見つからない。割と原型をとどめている邸宅に入り、そこで瓜〔?〕のようなものが入っている大きな缶詰を一つだけやっと見つけた。しかし、缶切りのない状態では、衰弱した体力で缶詰を開けることができない。そんな時、この家にドイツ兵がやって来る音がし、ウワディクは屋根裏へと逃れた。下からドイツ兵がピアノ演奏する、ベートーヴェンの♪ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2 月光 第1楽章♪が聞こえる。

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◆ここからは、結末まで書いていますので、ストーリー全体が分ります。御注意下さい。
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【戦場のピアニスト 第38段落】  夜、缶詰を開けるために階下に降りてきたウワディクは、ドイツ人将校(トーマス・クレッチマン:『 ゴッド・ディーバ (2004) IMMORTEL AD VITAM 』『 バイオハザード アポカリプス (2004) RESIDENT EVIL: APOCALYPSE 』等)に見つかってしまう。ドイツ人将校の質問に答えて、ウワディクは自分がピアニストだったことを話すと、将校はウワディクにピアノで何か弾くように言った。空腹と疲労で体をろくに動かすことができず、身なりも汚いウワディクだったが、一旦ピアノを弾き始めると、毅然として神々しいまでの姿だ。実際には、ウワディクは、ショパンの♪夜想曲 嬰ハ短調♪の第 7 番か 20 番をドイツ人将校の前で弾いたらしいが、映画ではショパンの♪バラード 第 1番 ト短調 作品 23♪が演奏されている。ドイツ人将校はウワディクの素晴らしいピアノの音色に聞き入った。ドイツ人将校は、この家の屋根裏で隠れ住んでいる、ユダヤ人のウワディクを捕まえなかった。ドイツ人将校が出て行った後、ウワディクは泣いた。

【戦場のピアニスト 第39段落】  ウワディクが屋根裏部屋を隠れ家にしている廃屋は、ドイツ軍の指令本部になった。もちろん屋根裏のユダヤ人逃亡者のことを知っているのは、あのドイツ人将校だけだ。ドイツ人将校は位が高いようで、朝彼がやってくると、他のドイツ兵たちが礼をするし、書類にサインをするのが仕事の一つのようだ。彼のデスクには故国にいる家族の写真が飾られている。ドイツ人将校は、一通りサインを済ますと、階段を上がり、ウワディクのいる屋根裏部屋へと行った。なんとドイツ人将校はウワディクに食べ物を持って来てくれたのだ。ソ連軍が迫ってきているので、ウワディクはあと数週間我慢すればいいと、ドイツ人将校は教えてくれた。ドイツ語の二人称単数形には、 du 〔ドゥー:君〕と敬称の Sie 〔ズィー:あなた〕がある。ドイツ語は全く分からないけど、フランス語の tu 〔テュ〕と vous 〔ヴ〕、イタリア語の tu 〔トゥ〕と Lei 〔レイ〕のようなものだろう。一般的にドイツ兵はユダヤ人に対する二人称に du 〔この場合は“お前”と訳せるだろう〕を使っているが、このドイツ人将校はユダヤ人への個人的な感情を表すため、ウワディクに対し Sie で話している。ウワディクが包みを開けると、パン一斤(パウンドケーキ?)とジャム、そしてウワディクが肌身離さずもっていた缶詰を開けるための缶切があった。

【戦場のピアニスト 第40段落】  ある日、その廃屋からドイツ軍が撤退するので、ドイツ人将校が別れを言いにウワディクの屋根裏を訪れた。
ウワディク: I don't know how to thank you.(どうやってあなたに感謝すればいいのか。)
ドイツ人将校: Thank God, not me. He wants us to survive. Well, that's what we have to believe. (私ではなく神に感謝しろ。我々が生きるも死ぬも神のご意志だ。そう信じないとね。)
 オフィシャルサイトによると、ドイツ人将校とウワディクが出会ったのは 1944 年 11 月、最後の別れをしたのがその年の 12 月 12 日だったそうだ。ポーランドの寒さは堪える。ドイツ人将校はウワディクに自分が着ていた軍服のコートをあげた。去り際、ドイツ人将校はウワディクに戦争が終わったら何をするのか尋ねた。ウワディクは、またラジオでピアノを弾くつもりですと答えた。平和な時代がやってきたら、ラジオ放送を通してウワディクのピアノを必ず聴こうと、ドイツ人将校はウワディクの名前を訊いた。“シュピルマン”という名がピアニストらしい名前だと言って、ドイツ人将校は姿を消した。

【戦場のピアニスト 第41段落】  雪が積もったワルシャワの廃墟となった町で、ポーランド国旗を付けた軍用車が一台、国歌を流しながら走っている。ソ連軍によってワルシャワが解放されたのは、1945 年 1 月 17 日のことだ。空腹も疲労も忘れて喜んで外に飛び出したウワディクは、通りにいたポーランド人に抱きついた。ところが、ドイツ軍のコートを着ていたウワディクは、ドイツ兵に間違えられ、ソ連兵に銃で狙われる。髪も髭も伸ばしっぱなしの痩せこけたウワディクが両手を挙げて自分がポーランド人であることを訴えると、ちっともゲルマン系っぽくない彼の風貌にソ連兵も分かったようだ。どうしてそんなコートを着ているのかとソ連兵に訊かれたウワディクは、寒かったからと答える。

【戦場のピアニスト 第42段落】  ドイツ軍にとらわれていたポーランド人たちが解放された。彼らがソ連軍の捕虜となったドイツ兵たちが集められていた場所の横を通った時、その内の一人の男性が嘗ての占領者たちに怒りをぶちまけた。ヴァイオリニストの自分の魂であるヴァイオリンをドイツ軍が奪ったと、鉄条網越しにうな垂れたドイツ兵たちに叫ぶ男性。そんな彼に一人のドイツ兵が切迫した表情で近寄ってきた。ウワディクを助けたあのドイツ人将校だ。彼はヴァイオリニストの男性にピアニストのシュピルマンを知っているかと尋ねた。ヴァイオリニストはシュピルマンを知っていた。ドイツ人将校は以前自分がシュピルマンを助けたことを話し、自分を救って欲しいとシュピルマンに伝えてくれるように頼んだ。憎いドイツ兵であったが、心動かされたヴァイオリニストは、ドイツ人将校に名前を尋ねた。ところが、ソ連兵が邪魔に入ったため、ヴァイオリニストは彼の名前を聞き取ることができずにその場を去らなければならなかった。

【戦場のピアニスト 第43段落】  逃亡生活中の伸びた髪や髭がさっぱり無くなって、きれいな身なりでラジオ局のレコーディングブースでショパンの♪夜想曲 第20番 嬰ハ短調♪を弾くウワディクの元に、あのヴァイオリニストがやって来た。ヴァイオリニストはウワディクの友人のレドニツキ(チェザリ・コシンスキ)だ。彼も解放直後とは違って、キレイになっている。ウワディクはレドニツキと一緒に彼がドイツ人将校を見たという場所へ行った。近くにあった工場は残っているが、鉄条網も何もかも跡形も無く消え去っていた。ドイツ兵たちはもうここにはいない。レドニツキは彼らの消息を尋ねるために、工場へと向かった。

【戦場のピアニスト 第44段落】  オーケストラを伴い、テールコート〔燕尾服〕姿で大舞台に立つウワディクは、ショパンの♪アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 作品22♪を演奏する。

【戦場のピアニスト 第45段落】  ウワディクはその後もワルシャワに暮らし、2000 年 7 月 6 日に 88 歳で他界した。また、あのドイツ人将校の名前がヴィルム・ホーゼンフェルトであり、彼は 1952 年にソ連の戦犯捕虜収容所で死亡した。

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■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の感想

 自分たちの民族が絶滅させられる、または国が無くなると感じた時、そういう切羽詰った状況の中では、人は自分たちの誇れる文化を代表するような人物を生き残らせようとするのだろうかと思った。“ポーランドの人たちにとっての音楽とは、パンよりも大切な日々の糧”であり、“その中世からつづく流れの中でショパンも生まれた”のだと、駐日ポーランド大使館のHPで、ピアニストでポーランド音楽に造詣の深い阿部緋沙子さんがおっしゃっている。ポーランドを代表する音楽家ショパンのピアノ曲を素晴らしく演奏するピアニストは、まさにポーランドの文化を代表する人物の一人ではなかろうか。メンデルスゾーン、マーラー、バーンスタインなど、ユダヤ民族は世界的な音楽家を多く輩出しているし、ポーランド内のユダヤ人社会でも、その位置づけは同じだろう。ウワディクを救ったポーランドの人たちは、はっきりと意識していたかどうかは分からないが、自分たちの国家や民族の未来を彼に託していたのではないだろうか。そして、同じように音楽を愛するドイツの国民性が、ドイツの良心的存在であるヴィルム・ホーゼンフェルト大尉をもって、ウワディクを救わせたのだろう。

 ウワディク自身も自分がそのような大命を背負っているとはっきりと意識していたかどうか分からないが、その意味において彼は逃げて生き残らなければならなかった。武器を持って戦わなくても、ナチス親衛隊に見つからないように、密告されないように、逃亡生活を続けることが、ウワディクの戦争だったのだ。“生きるよりも死んだ方が楽かもしれない”とベネクが言ったように、ワルシャワ・ゲットーの生存者はわずか 20 人ばかり。その希少な生存者の中に、ポーランドの比類なきピアニストがいたことは決して偶然ではないような気がする。自分たちの片鱗を地球上に残そうとする人々の民意が、彼を生かし続けたと思う。確かに、あの夜廃屋で出会ったドイツ人将校がホーゼンフェルト大尉であったことは、幸運な偶然で、大尉が言ったように“神様”のお蔭だったのかもしれない。しかし、ウワディクを助けたのはホーゼンフェルト大尉のような心ある“人間”だ。現在の世の中は、“神様”違いでいざこざが起きているけど、そんな違いは無意味なんじゃないかな。
 “…And whatever you believe in, if it's God or Allah, may he watch over you and let's pray for a peaceful and swift resolution. …”「あなたが信じる神がどんな名前であれ、神のご加護がありますように。一刻も早く平和が訪れることを祈ります。」〔ウワディクを演じたエイドリアン・ブロディのアカデミー主演男優賞受賞のスピーチより。訳はオフィシャルサイトより引用。〕

以上。
<もっと詳しく>からスペースを含まず18976文字/文責:幸田幸

参考資料:「映画の森てんこ森」映画タイトル集
       http://www.coda21.net/eiga_titles/index.htm
      IMDb
      allcinema ONLINE
      Nostalgia.com
      CinemaClock.com
      戦場のピアニスト公式サイト
      ユーロピアノ
      開運! なんでも鑑定団
      Amazon.com 
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■映画『 戦場のピアニスト (2002) THE PIANIST 』の更新記録
2002/08/16新規: ファイル作成
2004/04/24更新:◆解説とネタばれおよび俳優についてリンク
2004/12/12更新:◆書式変更
2004/12/13更新:◆目次アイテム追記改訂
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幸田 幸
coda_sati@hotmail.com
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